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帰り道。
「――バイト先の迷惑になるから、個人的な理由で来ちゃ駄目だ」
冬総はバイト中にようやく、秋在を叱る心づもりができた。
心を鬼にして、冬総は秋在に忠告する。
字面だけ見たら厳しいかもしれないが、その声はどこか甘い。
秋在は冬総の手を握りながら、小首を傾げた。
「お手伝いしてるのに?」
「ぐ……ッ!」
秋在の言っていることは、現実であり正論だ。
――それもこれも全部、秋在の可愛さに負けた店長のせい。
突然現れた恋のライバル候補に嫉妬の炎を燃やしつつ、冬総は秋在を叱る。
「それでも、駄目だ。最低限のマナーだろ?」
「フユフサは、ボクがいたら嬉しくないってこと……?」
「その訊き方は反則だぞ……ッ!」
どうしたって、冬総は秋在に勝てない。
現に……秋在がわざとらしく落ち込んでいると、全部甘やかして『オールオッケーだ!』と言いたくなるのだから。
それでも、冬総は心に鬼を居座らせ続ける。
「……バイト、もうちょっとで終わるから。そしたら、いっぱい一緒にいよう。……な?」
空いている方の手で、秋在の頭を撫でてみた。
すると、納得してくれたのか。
「……分かった」
秋在はそう言い、頷いた。
すると、秋在が突然……冬総の袖を引っ張る。
「どうした?」
「……ずっと一緒だって証明、してほしい」
秋在の言っていることを理解するのは、いつだって難しい。
とりわけ……今の秋在は、普段以上に難解だ。
いつも以上に抽象的な表現で、冬総には秋在の求めていることがハッキリとは分からない。
「どういうものをあげたら、証明になるんだ?」
「鏡を見ても、フユフサがそばにいるって思えるようなものが理想」
思わず立ち止まり、冬総は秋在を見下ろす。
(鏡を見ても、俺が近くにいるって思えるようなもの……? ナゾナゾみたいだな……?)
そうすると、秋在も立ち止まり……冬総を見上げた。
ジッと見つめ合い、冬総は秋在の顔を眺める。
――不意に。
――秋在の首筋が、視界に入った。
「……ちょっと痛いかもしれないけど、我慢できるか?」
冬総はそう呟き、秋在に顔を寄せる。
なにをされるのか、秋在はまったく気付いていない。
「……? うん、分かった」
それでも、秋在の根底には冬総への信頼があるのだろう。
素直に頷き、秋在は冬総を見つめた。
そんな秋在の首筋に、冬総は。
――唇を、寄せた。
「……っ!」
予想外の行動に、秋在は珍しく狼狽する。
驚きから、秋在の体が跳ねた。
が、今度は別の理由で……秋在はピクリと、体を震わせる。
「ん……っ」
一瞬の、痛み。
秋在は眉を寄せて、吐息を漏らした。
すぐに、冬総が顔を上げる。
「鏡でココ、毎日見て。それで、俺のこと……思い出してな?」
「……う、ん」
秋在の耳元で囁いた後、冬総が笑う。
見下ろすと……秋在の顔が、赤くなっている。
――それは、寒さのせいだろうか。
そう思った冬総は、秋在の体を一度だけ……強く、抱き締めた。
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