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 部屋の扉を、数回ノックする。  しかし、父親が言っていたことは本当らしい。  ……秋在からの返事は、ない。 「マジで寝てるのか……」  許可もとらずに入室するのは気が引けるが、父親からの許可はもらっている。  それに……このままここで待っていても、秋在がすぐに起きてくる保証はない。  小さな罪悪感を抱きつつ、冬総は秋在の部屋へ入った。 「秋在……? 入るぞ……?」  ベッドの上に、秋在はいる。  頭を乗せるはずの枕を、抱き締めながら。  秋在は、規則正しい寝息をたてていた。  そんな……無防備すぎる姿が、愛おしくて仕方ない。 「秋在……誕生日、おめでとう」  ベッドに腰掛け、冬総は囁く。  前髪を指で払うと、秋在の瞼が震えた。  そして……大きなクリーム色の瞳が、ゆっくりと開かれる。 「……あ、っ」  寝起きの秋在が、冬総に気付く。  そして……ふにゃりと、柔らかな笑みを浮かべた。 「……寂しく、ないね……っ」  どういう意味かは分からないが、嬉しそうなことには間違いない。  前髪を払った冬総の指を握り、秋在は笑っている。  そのまま手に擦り寄った秋在が愛おしくて、冬総は秋在の頬にキスをした。 「十六歳、おめでとう」 「十六歳、だね。……おめでとう」  笑ってはいるが、秋在はなかなか起き上がろうとしない。  そんな姿も勿論可愛いが、今日はこの部屋で一日を過ごすつもりはないのだ。 「秋在、起きないのか? 今日は、秋在の行きたいところに行くデートだぞ?」  秋在は冬総を見上げたまま、笑っている。 「十六歳のボクは、まだ、ボクだけのボクだよね」 「……ん? そう、なのか?」  握るだけではなく、秋在は冬総の指に自分の指を絡めた。  そして、冬総の指に歯を立てる。  ガリッ、と、そこそこ強めに。  そこで……なんとなくだが、秋在が言いたいことを察する。 「……俺は、シてもいいけど……秋在、歩いたりするの辛くなるだろ?」 「ゴム、まだ余ってるよ」 「そういう意味じゃなくて……」  負担が大きいのは、秋在だ。  それなのに当の本人は、笑顔のまま。 「十六歳のボクを、プレゼントできる。……誕生日って、凄いね」  今日の秋在は、プレゼントをもらう側だ。  しかし……そこを訂正するのは、野暮だろう。  秋在本人が、楽しそうなのだから。 「俺さ……そこそこ、身なりには気を遣ってきたんだぞ?」  上着を脱ぎ、冬総は秋在に覆いかぶさる。 「そうだね。いつもと同じ」 「いや、いつもの俺って制服じゃん? 今日はちゃんと私服着てきたんだぞ? 初めて見るだろ?」 「うん。いつもと同じ」  秋在の私服を、初めて見た日。  冬総は自分でも驚くほど、テンションが上がった。  しかし……秋在はそうでもないらしい。  その違いを寂しく思っていると……秋在が突然、頬を染めた。 「……いつだって、カッコいいよ」  胸キュンという現象を、冬総は痛感する。 「そ、の……不意打ちは、勘弁して……ッ」  秋在が言う『同じ』の意味を知り、今度は冬総が、赤面した。

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