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 一度だけの性交を終えた後。  秋在の着替えが終わり、バス停へ向かう。  そしてバスに揺られること、数十分。  二人は目的地――水族館に、辿り着いた。 「朝ご飯食べるより先に水族館で、本当に良かったのか?」  着替えてすぐ、秋在は『水族館に行きたい』と提案したのだ。  ほんの少しだけ心に引っ掛かっていたことを冬総が口にするも、秋在は瞬時に頷く。 「その方が美味しそうに見える」  ……まるで、捕食者目線で水族館を楽しんでいるかのような発言だ。  そういった着眼点で水族館巡りをする人は、希少な気がする。  だが、秋在が楽しんでいるのならそれでいい。  冬総は秋在の手を握り、話題を振った。 「秋在はさ、どういう魚が好きなんだ?」 「コリコリした食感」 「今のは【鑑賞するなら】って意味だったんだけど……」  どうあっても、秋在は捕食者目線で楽しんでいるらしい。  しかし、秋在がそういった楽しみ方をするのなら。 「……じゃあ、あの魚とかどうだ? 秋在の好きそうな食感っぽく見えないか?」  秋在至上主義の冬総が、便乗しないわけがなかった。  冬総が指を指した方向を見て、秋在は首を横に振る。 「タコの吸盤の方が美味しそう」 「それはもうコリコリの究極だろ……」  どうやら、お気に召さなかったらしい。  だというのに、秋在は冬総が選んだ魚を、ずっと見ている。 「……フユフサは、どういう魚が好きなの」 「焼き魚だな」 「ボクは透明な方が好き」 「今度は見た目の方か……」  捕食者目線だけではなく、一般的な感性で水族館を楽しむ気持ちもあるらしい。  並んで歩き、水槽の中に閉じ込められた魚を眺める。  ほんのりと薄暗い室内で、冬総は秋在を見下ろす。 「あの魚、たぶん焼いたら美味しいよ」  そう話す秋在は、テンションが高そうだ。  冬総の手を引っ張る勢いで、魚を眺めている。 (……さっき、家でシたはずなんだけどなぁ……)  公共の施設ではしゃいでいる秋在が、可愛い。  普段はしない会話を秋在とできて、楽しい。  なによりも……私服の秋在はヤッパリ、可愛い。  秋在のことで頭をいっぱいにされて、冬総は思わず、笑ってしまう。 「ははっ。……俺、秋在のこと、メチャクチャ好きだわ」 「焼き魚より?」 「そんなの比較対象にもならないって」 「そっか」  突然告白されても、秋在は動じない。  それどころか……素直に受け止めている。  自分もおかしなことを言ったという自覚はあるが、秋在だって相当だ。 (今日はうんと楽しませよう)  この笑顔を、今日は一日……独り占めしていたい。  小さくて大それた願いを抱きながら、冬総は秋在と並んで、水族館を眺めた。

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