76 / 182
5 : 6
昼食を終えた後。
今度は、美術館に向かった。
正直……冬総はあまり、芸術に詳しくはない。
有名な絵画だったらなんとなく名前を知っているが、わざわざ美術館に行くほど好きというわけでもなかったのだ。
しかし、こうして美術館へ来てみると……存外楽しいものだと、冬総は思った。
「俺、学校の授業以外で美術館来たの……初めてだ」
壁に飾られた絵画を眺めて、冬総は声をひそめながら呟く。
秋在は美術品が好きなのか、一つ一つの展示品をじっくりと眺めている。
(そういえば……教室の床も、絵の具でグチャグチャにしてたもんな……)
秋在とのファーストコンタクトを思い出し、冬総は納得した。
あのときの関わりが、今に繋がっている。
……そう思うと、とても感慨深い。
秋在は絵画を眺めながら、冬総と同じく声をひそめて話題を振る。
「学校の美術室にある、胸像。……フユフサは、好き?」
「胸像って、あの白い顔だけの彫刻か? うーん……好きとか嫌いって気持ちで見たことねぇかな」
「ボクはね、ヨカナーンに見えるんだ」
「……ヨカナーンって、誰だ? 有名な彫刻家、とかか?」
秋在を見つめるも、目は合わない。
ゆっくりと絵画を眺めて、秋在は答えになっていない言葉を呟く。
「サロメが命令したせいで、首を斬られた男」
どうやら、偉人かなにからしい。
後で調べようと思いつつ、冬総は秋在の言葉に耳を傾ける。
「もしも本当に、あの胸像がヨカナーンで……ボクが、サロメなら。……ボクはキスするよ」
「は……ッ?」
――なんて言った?
――キスをするって?
堂々とした浮気宣言に、冬総は大きめの声を出した。
気にした様子もなく、秋在は続ける。
「『わたし、貴方に口付けしたわ』……美術室でそう言うんだ」
「そんなの、絶対駄目だッ!」
思わず。
冬総は怒鳴るように、秋在に返事をしてしまった。
「秋在は『サロメ』って奴じゃない! だから、絶対に駄目だ! 秋在がキスしていいのは俺だけだろッ!」
まさか、ここで冬総が大声を出すとは。
予想外の出来事に、秋在は顔を、絵画から冬総へ向ける。
そしてそのまま……笑った。
「――うん。……ボクらは、目が合ったからね」
――目が合うと、どうなるんだろう。
――目が合わなかったら、違う答えが返ってきたのだろうか。
秋在はおそらく、その『サロメとヨカナーン』の物語をなぞっているのだろうが……もとの話を知らない冬総からすると、はてなマークしか出てこない。
(いったい誰なんだ、その【ヨカナーン】って奴は……! ムカつく、絶対調べてやる……!)
秋在が冗談を言っていたと思いたいが、本心だったのなら大問題。
顔も知らない【ヨカナーン】という男に敵意を向けていると、秋在が突然、、笑い出した。
「ふっ、あはっ! ねぇ、フユフサ、見て?」
手を引かれ、慌てて秋在の方へ目を向ける。
そこにあったのは、一面が色とりどりのオレンジで塗りたくられた絵画だ。
「マヌケだねっ」
――どのあたりがだろうか。
みかんの皮を拡大したようにしか見えない絵を眺めて、冬総は唸る。
「……秋在。浮気、しないよな?」
「うん、しないよ。フユフサだけ。……でもこれ、凄くマヌケ」
「そうなのか? 秋在は感性が豊かだな」
やはり、みかんの皮の拡大図にしか見えない。
しかし……秋在から浮気しないという言質をとった冬総は、満足だった。
ともだちにシェアしよう!