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 後片付けを終えて。  濡れた手をタオルで拭きながら、秋在が提案する。 「フユフサ。外に行きたい」 「これから遠出か?」 「家の前」  食器を片付け終えた冬総は、当然、了承。  秋在に続き、玄関を出た。  今日は朝から天気が良く……空は、綺麗に澄み渡っている。  暗い空にも、しっかりと星の輝きが見えるほどだ。  秋在は空を指で指し、歌うように呟く。 「あれがデネブ。アルタイルに、ベガ」 「今、秋だけどな?」 「誰かに指を指されなくても分かるってこと」  空を指していた指が、冬総の手に触れる。 「ちょっとだけ、散歩したい」 「いいよ。……暗いから、遠くは行けないけどな」  冬総の返事を聴き、秋在が笑う。  手を繋ぎ、二人は並んで……秋の空に見守られながら、外を歩く。 「今日は、本当にありがとう。……嬉しかった」  それは。  秋在らしからぬ……年相応の、普通な反応だった。 「誕生日は、どこかに出掛けるとしてもお墓参りとか、帰省のイメージしかなかったから……凄く、新鮮だった。面白かったし、特別だったと思う。……初めてだらけで、目が回りそうで……だけど、凄くすごく、充実してたよ」  手を握る力が。  一瞬だけ、増す。 「――楽しかった。すっごく、本当に……いっぱい、楽しかった」  その言葉は……冬総が、欲しくてたまらなかった言葉。  一番の賛辞に、冬総は満足そうに笑った。  冬総の笑顔を見て、秋在もつられたように、笑う。 「来年も、再来年も……フユフサはボクを、こうしてお祝いしてくれる。ボクの中の誕生日がどんどん変わって、いつか……この『新鮮だ』って思う気持ちが、褪せちゃうかもしれない。でも、今この瞬間の【今日】っていう日は……ボクにとって、色褪せない宝物だよ。これは、確信」  これから先。  秋在の隣には、冬総がいる。  それこそが、秋在の思い描く理想の未来。  決して覆ることを許さない……不変の、未来図。  そんな未来を、現在として受け止めていく度に……秋在の中の【普通】は、冬総の持つ【普通】に、塗り替えられていくのだろう。  それを、秋在は【恐怖】とは思わない。  そして……冬総も、恐ろしいことだと思わなかった。 「――フユフサ、大好き。何億という個体の群れから、ボクという個体の誕生日を祝ってくれて……本当に、ありがとう」  幸福そうに、秋在が微笑む。  その腕を、冬総はおもむろに、引いた。  抱き締めて、秋在という個体を、全身で感じる。 「俺の方こそ……秋在の時間をくれて、ありがとう。……俺も、秋在のことが大好きだ」 「そうなんだね。……嬉しい」  星空の下で、冬総と秋在は顔を寄せた。  そして、どちらからともなく……唇を、重ねる。  一瞬だけ縮まった距離が離れると、秋在が照れ臭そうに……囁いた。 「お星様に見られてると……なんか、恥ずかしいね」

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