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6章【無自覚リリーフ】 1

 ――病人。  冬総の母親を端的に一言で表現するのなら、たった、その二文字。  不慮の事故で、最愛の人――旦那を亡くしてから、ずっとそう。  冬総の母親は日が経つにつれて、やつれていき。  ……今では、精神を病んでいる状態だ。  そんな彼女にとって、冬総は。  ――最愛の、夫だった。  日に日に父親へ似ていく冬総を見て、母親は。  ――涙を流し、喜ぶようになった。  最愛の人が愛用していたものを、冬総に持たせ。  食の好みや、性格さえも。  ……彼女は、冬総に押しつけ始めた。  冬総には、そんな母親の症状が理解できない。  いくら似ているとはいえ、愛した人とその他は……全員、別人。  そんなこと……冬総でなくたって、誰でも分かることだろう。  それでも、母親は寂しそうに笑いながら、冬総を見る。  歪に愛し、慈しみ、そばに置こうとした。  それが【普通】ではなく【異常】だと、冬総はずっとずっと……痛感している。  ……。  …………。  という点を踏まえて、今の冬総を見てほしい。  きっと……【シリアス】とはかけ離れた感情を、あなたは抱くだろう。  秋在の誕生日を祝ってから、数週間後。  一枚の写真を見て、冬総は。 「――う、わ……ッ! メチャクチャ、可愛い……ッ!」  ――悶絶していた。  場所は、秋在の部屋。  冬総は秋在から渡された一枚の写真を、穴をあけてしまいそうなほど真剣に、見つめている。  秋在はコップに注がれたオレンジジュースを飲みながら、そんな冬総を見ていた。 「可愛いでしょ。弟の秋有(しゅうゆう)」  冬総が見つめている、一枚の写真。  そこに映っているのは……一人の、少年だ。  どことなく、秋在に似ているが……冬総には分かる。  ――この少年は、秋在ではない……と。  だとしても、冬総にとっては『可愛い』と賞賛するに値する人物なのだ。 「可愛いな! 秋有くん!」 「ありがと。……でも、あげないけどね」  そう言う秋在に、冬総は向き直る。  丁重に写真を返して、冬総は満足そうに息を吐く。 (ヤベェな……これが、DNA……ッ!)  ……前述の通り。  冬総は、自分の母親を理解できなかった。  同じ遺伝子だからと、似ているからと。  そんな理由だけで、どうして狂うことができるのか……。  ……しかし、今の冬総はどうだろう。 「きっと、今の秋有くんも秋在に似て可愛いんだろうな!」  最愛の恋人、秋在に似ているという理由だけで……口角を、だらしなく緩めている。  会ったこともないくせに……誕生日を知っていたら、プレゼントを用意しそうな勢いだ。  冬総の笑顔を見て、秋在も笑みを向ける。  ……いかがだろう。  自分のことを棚に上げている、冬総の姿は。  これが、自分の母親を【異常だ】と切り捨てた……そんな男の、姿だった。

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