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ホクホクと胸を温めながら、冬総は秋在を見つめた。
秋在は持っていたコップを学習机の上に置き、冬総を見つめる。
「秋有はね、ボクと同じだけど……ボクとは、違ったんだ」
少し高めに調整している椅子に座りながら、秋在はプラプラと足を振っていた。
そして、コップのフチを、細い指で撫でる。
「幼稚園児だった頃かな……。ボクらは家族で海に出掛けたんだ。そこでね、ボクらはリヴァイアサンを探しに行ったの」
「秋在らしいな。秋有くんも、そういうのが好きなのか」
「うん、そう。ボクらは、リヴァイアサンを見つけたら願いを叶えてもらえるって、信じてたんだ」
はにかんだまま「今も信じてるけどね」と、秋在は付け足す。
「だからボクらは、必死だったよ。お母さんからお金をもらって、ボクは焼きそばを持って海に入ろうとした」
「リヴァイアサンにあげる捧げものか? ……焼きそば持って海に入るって、秋在は子供の頃から秋在なんだな」
「それ、褒めてる?」
「メチャクチャ褒めてる」
それならいいかと思い、秋在はコップを握る。
一口だけオレンジジュースを飲んだ後、秋在はもう一度、コップを学習机の上に置いた。
その表情は……どことなく、寂しそうにも見える。
(楽しい思い出話だろうに、何で、そんな顔……?)
口元は笑っているが、瞳は笑っていない。
そのことだけが、冬総には少しだけ引っ掛かる。
妙な違和感を抱きつつ、冬総は秋在の言葉を待った。
「ボクが焼きそばを買いに行ってる間に、秋有は一人で海に入っちゃったみたい。……きっと、秋有には見えていたんだね」
「見えてた、って……まさか、リヴァイアサンか?」
「うん。きっとね」
やはり。
秋在の瞳はどこか、寂し気だ。
「ボクは、焼きそばを何個頼んだらいいんだろうってことで、頭がいっぱいだった。だから、ボクはリヴァイアサンを見つけていない。だけど、秋有は見つけたんだ。だからきっと、追いかけて……一人で、海に入ったんだよ」
「…………ま、さか……ッ?」
どうして、こんなに小さい頃の写真を見せてきたのか。
どことなく褪せているあの写真は、最近のものとは思えない。
おそらく……十年近く、時が経っていたのだろう。
――話の雲行きが、怪しい。
秋在は口元だけで笑みを浮かべて、冬総を見つめた。
「――秋有はね、帰って来られなかったんだ」
それは、あまりにも。
あまりにも悲しい、冒険譚。
それでも、秋在は口角を上げている。
吹っ切れているのだと、しても。
そんな表情を、冬総は秋在に……させたくなかった。
「……秋在」
秋在が座る椅子に、冬総は近寄る。
そしてそのまま、冬総は秋在を。
力の限り、強く。
強く、抱き締めた。
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