85 / 182

6 : 2

 ホクホクと胸を温めながら、冬総は秋在を見つめた。  秋在は持っていたコップを学習机の上に置き、冬総を見つめる。 「秋有はね、ボクと同じだけど……ボクとは、違ったんだ」  少し高めに調整している椅子に座りながら、秋在はプラプラと足を振っていた。  そして、コップのフチを、細い指で撫でる。 「幼稚園児だった頃かな……。ボクらは家族で海に出掛けたんだ。そこでね、ボクらはリヴァイアサンを探しに行ったの」 「秋在らしいな。秋有くんも、そういうのが好きなのか」 「うん、そう。ボクらは、リヴァイアサンを見つけたら願いを叶えてもらえるって、信じてたんだ」  はにかんだまま「今も信じてるけどね」と、秋在は付け足す。 「だからボクらは、必死だったよ。お母さんからお金をもらって、ボクは焼きそばを持って海に入ろうとした」 「リヴァイアサンにあげる捧げものか? ……焼きそば持って海に入るって、秋在は子供の頃から秋在なんだな」 「それ、褒めてる?」 「メチャクチャ褒めてる」  それならいいかと思い、秋在はコップを握る。  一口だけオレンジジュースを飲んだ後、秋在はもう一度、コップを学習机の上に置いた。  その表情は……どことなく、寂しそうにも見える。 (楽しい思い出話だろうに、何で、そんな顔……?)  口元は笑っているが、瞳は笑っていない。  そのことだけが、冬総には少しだけ引っ掛かる。  妙な違和感を抱きつつ、冬総は秋在の言葉を待った。 「ボクが焼きそばを買いに行ってる間に、秋有は一人で海に入っちゃったみたい。……きっと、秋有には見えていたんだね」 「見えてた、って……まさか、リヴァイアサンか?」 「うん。きっとね」  やはり。  秋在の瞳はどこか、寂し気だ。 「ボクは、焼きそばを何個頼んだらいいんだろうってことで、頭がいっぱいだった。だから、ボクはリヴァイアサンを見つけていない。だけど、秋有は見つけたんだ。だからきっと、追いかけて……一人で、海に入ったんだよ」 「…………ま、さか……ッ?」  どうして、こんなに小さい頃の写真を見せてきたのか。  どことなく褪せているあの写真は、最近のものとは思えない。  おそらく……十年近く、時が経っていたのだろう。  ――話の雲行きが、怪しい。  秋在は口元だけで笑みを浮かべて、冬総を見つめた。 「――秋有はね、帰って来られなかったんだ」  それは、あまりにも。  あまりにも悲しい、冒険譚。  それでも、秋在は口角を上げている。  吹っ切れているのだと、しても。  そんな表情を、冬総は秋在に……させたくなかった。 「……秋在」  秋在が座る椅子に、冬総は近寄る。  そしてそのまま、冬総は秋在を。  力の限り、強く。  強く、抱き締めた。

ともだちにシェアしよう!