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冬総に抱き締められたまま、秋在は呟く。
「フユフサは、その人がその人足り得るものって……何だと思う?」
秋在の手が、冬総の背に、回された。
それは、悲しいからではない。
目の間に、冬総がいるから。
そして……冬総が、抱き締めてくれているからだ。
「――ボクはね……【心】だと思うんだ」
その人が、その人足り得るもの。
……そんなこと、冬総は考えたこともなかった。
小さな恋人を抱き締めたまま、冬総はなにも答えられず、閉口し続ける。
そんな冬総を気にすることもなく、秋在は言葉を続けた。
「海から戻ってきた秋有には、心が無かった。だから、抜け殻の秋有は秋有じゃない。……もう、連れて行かれちゃってたんだ」
距離を開き、冬総は秋在の顔を見る。
秋在は決して、落ち込んでいる様子ではなかった。
「それが、秋有の願いだったかもしれないけどね」
ただ淡々と、思い出を語っている。
もう一度、冬総は秋在を抱き締めた。
「……ごめん、秋在」
冬総は、そんな事情を知らない。
弟である秋有が生きていると思って、話をしてしまった。
『きっと、今の秋有くんも秋在に似て可愛いんだろうな!』
何気ない、一言。
もしかしたらその一言が、秋在の心を痛めてしまったかもしれない。
そう考えるだけで、冬総の胸はきつく締めつけられた。
謝罪を口にした冬総に対し、秋在は不思議そうにしている。
「……どうして、謝るの? 悪いことなんて、なにもないのに」
秋在を抱き締めたまま、冬総は答える。
「嫌な話、させただろ……?」
――瞬間。
「――イヤな、話……?」
秋在の声が。
少しだけ、低くなった。
冬総は慌てて、秋在の顔を覗き見る。
その、表情は……。
「ボクは、秋有との思い出を話しただけ。なのに、どうしてそれを【イヤな話】だなんて言われなくちゃいけないの」
「秋在……ッ」
「勝手に、決めつけないで」
瞳が、怒りを湛えている。
上がっていたはずの口角も、今では笑みなんて描いていない。
――秋在は、怒っているのだ。
最近、冬総と秋在の関係性は良好だった。
特筆すべき問題もなく、まさに、順風満帆。
――だからこそ、冬総は失念していたのだ。
慌てて謝罪しようと、冬総は秋在の肩を掴む。
「秋在、ごめん、俺――」
その手を。
――秋在は、容赦なく払いのけた。
「フユフサ、謝るのはやめて。そんな言葉、聞きたくない」
「秋在――」
「しつこい。……今日はもう、帰って」
冬総は、失念していた。
自分が愛した、男の性格と。
忘れてはいけない、秋在の良さを。
――秋在は。
――【普通】とは少し違う、ものの考え方をするということを。
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