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翌朝の、登校前。
気が重い冬総は、なにも言わずに家から出ようとした。
そんな冬総の背中に向かって、声がかけられる。
「――あら。……お弁当、忘れてるわよ?」
冬総の母親だ。
母親は両手で、お弁当の入った袋を持っている。
その弁当袋は、父親が使っていたものだ。
(今日も、か……)
別に、こだわりなんてものは持っていない。
お弁当を用意してくれるのは嬉しいし、助かっている。
女子向けだったり、極端に量が変わってしまわない限り、弁当箱のデザインだってどうでもいい。
だが。
(素直にお礼、言い辛いんだよなぁ……)
母親が用意しているのは【父親への弁当】だ。
しかし、母親は冬総を【冬総】として認識している。
だが、やっていることは旦那への奉仕。
複雑な気持ちになりながら、冬総は母親から、お弁当を受け取った。
「……いつも、ありがとう……」
「いいのよ、冬総。……気をつけてね」
名前を呼んでくれているのに。
どうしてか、目が合っていない気がする。
「あぁ、うん。……行ってきます」
本当に、自分に対しての挨拶だったのか。
それとも。
……旦那の面影に対して、なのか。
そんなことを考えたって、意味はない。
そう、冬総はとっくに見限っていた。
(父さんが死んで、何年経ったと思ってるんだよ。五年だぞ? ……ってか、今はそんなことより秋在のことだ……)
母親の態度がおかしいのは、五年前からずっとだ。
今更そんなことを考えたって、どうしようもない。
冬総は家を出た後……昨日のやり取りを、思い出す。
深い溜め息を吐いた後、冬総はぼんやりと考えた。
(秋在のおかげで、変なことを考えずに済んだな……)
それが、果たして本当にいいことなのか。
今の冬総には、到底分からなかった。
教室に入り、冬総は驚いた。
――秋在の方が早く、教室に着いていたのだから。
「秋在――」
挨拶をしようと、近寄り。
冬総は、口を閉ざすしかなかった。
――秋在が、イヤホンを付けているからだ。
(秋在が、イヤホンしてる……! 嘘だろ、初めて見た……!)
初めて見る姿に喜んだのは、一瞬だけ。
(もしかして……相当、怒ってるのか?)
有り得る。
秋在は、誰かに決めつけられることを極端に嫌う。
その相手が冬総だろうと、例外ではない。
露骨に落ち込んだ冬総は、トボトボと自分の席に座る。
すると周りに、女子が近寄ってきた。
「おはよう、夏形くん。……ケンカでもしたの?」
「露骨に落ち込みすぎだって~! 分かりやすいなぁ!」
「うるせェ……」
――他の誰かと喧嘩するのとは、わけが違う。
心の中でそう呟き、冬総はキリッと前を向く。
(――絶対……今日中に! 秋在と仲直りしてやる!)
そう、決心をし。
もう一度……横目で、イヤホンを付けている秋在を見つめた。
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