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そして、放課後。
――冬総は、自分の席で突っ伏していた。
(――ざ、惨敗……ッ!)
休み時間。
イヤホンを付けるより先に、冬総は秋在に声をかけた。
だが、無視をされたのだ。
……無視をされることくらい、珍しいことではないだろう。
そう思い、冬総はめげなかった。
しかし、移動教室。
教師に秋在のことを頼まれてから、冬総は秋在と一緒に教室移動をしていた。
いつもなら、秋在は返事をしなくても、冬総の後ろをついて歩く。
なのに今日は、冬総を置いてズンズンと歩いて行ってしまったのだ。
それに対して教師が何故か感動して瞳を潤ませていたが、冬総は別の意味で泣きそうだった。
(コレは……結構、効く……ッ)
今日は、秋在の声を一度も聞いていない。
それどころか、触れてすらいないのだ。
そしてなにより……秋在に、避けられている。
(今なら、メンヘラ女子の気持ちが分かりそうだ……。SNSのアイコンとか、真っ黒にしてェ……)
目に見えて落ち込んでいた冬総だが、めげている場合ではない。
今は、放課後。
つまり……最後のチャンスだ。
冬総は顔を上げて、隣で帰り支度を進めている秋在を見た。
「秋在! い、一緒に……帰ろう、ぜ……?」
勢い良く声を出したのは、最初だけ。
――また避けられたら、きっと耐えられない。
そんな恐怖から、冬総の声はどんどん萎んでいく。
そして、案の定。
「…………」
秋在は冬総を無視して、歩き始めてしまった。
移動教室同様、ズンズンと歩いている。
(くそぅ、悲しい……泣きそうだ、チクショウ……ッ)
タイムスリップできるのならば、昨日の自分を殴りたい。
かなり本気でそう思いながら、冬総は秋在の後ろをついて歩いた。
一緒に帰っていいのかは、分からない。
限りなく『ノー』に近い気は、している。
しかし、秋在を一人で帰らせたくない。
これは意地や習慣ではなく、彼氏として本心から心配しているからだ。
……別の言葉で表現するのなら、ただの過保護とも言う。
校門を抜けて、バスに乗る。
窓際に座った秋在の隣に、冬総は座ろうとした。
すると、秋在がわざとらしく窓側に身を寄せている。
隣に座ること自体はかまわないらしいが、必要以上に近寄られるのは受け入れられないらしい。
(反抗期の娘を持つ父親って、こういう気持ちなんだろうか……)
冬総は一度だけ、鼻をすすった。
バスはすぐに目的地へ着き、冬総と秋在は降りる。
そして、少し歩いた後。
――会いたくない人に、出会ってしまった。
「――あら、奇遇ね」
聞き覚えのある声に、冬総は振り返る。
そこに、立っていたのは。
「――今からスーパーに行ってくるの。……今日の晩ご飯は、あなたの好きなお刺身よ」
冬総の、母親だった。
――冬総は、刺身が特別好きではない。
――冬総の好きな魚料理は、刺身より焼き魚だ。
――刺身が好きなのは、冬総の父。
(まぁ、嫌いってワケじゃないしな……)
今は、そんなことを否定したり、突っかかったりしている場合ではない。
慣れてしまったやり取りに対して、冬総は相槌を打とうとした。
しかし、それを。
「――フユフサが好きなのは焼き魚だよ」
――秋在が、止めた。
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