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一瞬の、出来事に。
冬総は……動くことすら、できなかった。
「だ、誰……? お友達、かしら……?」
母親が、狼狽えている。
それもそうだろう。
――突然……初対面の少年に、腕を掴まれたのだから。
秋在は腕を掴んだまま、冬総の母親を睨み上げている。
「恋人。……そっちこそ、フユフサのなに」
「……こ、い……っ?」
冬総と同じ学校の、男子生徒が着用する制服。
男にしては高いが、女にしては低めの声。
そしてなにより……腕を掴む、強すぎる握力。
冬総は、母親に『同性と付き合っている』とカミングアウトしていなかった。
それは、逃げからではない。
「冬総の、恋人……? あの人と、同じ顔で、私じゃない別の人と……付き、合って……? え、え……っ? 男同士、なのに……あの人が、冬総で……冬総は、あの人なのに、男の……え、っ?」
この通り。
母親が、冬総と旦那を混合させているからだ。
彼氏はおろか、彼女ができたなんて……言うに、言えなかった。
目に見えて動揺している母親を睨んだまま、秋在は再度、問い掛けようとする。
しかし、様子がおかしいと分かったのだろう。
「誰」
母親ではなく、冬総に訊ねた。
これが、本日一番目の会話。
そう思うと、やるせなくて仕方なかった。
だが、冬総は秋在を無視したりしない。
「……俺の、母さんだよ」
今日の初コンタクトがこんな内容で、やるせない。
それでも答えた冬総から、秋在はすぐに目を逸らす。
そしてもう一度、母親を睨み上げた。
「ボクのお母さんは、ボクの好きなものが分からないこともある。間違えることだってある、……でも、押しつけたりはしない」
ギチッ、と。
秋在の指が、母親の腕に食い込む。
「フユフサの、なに」
冬総に訊ねたことを、もう一度……本人に訊ねる。
しかし、母親は答えない。
……いや。
正確には【答えられない】のだ。
決して、秋在相手に怯えているからではない。
答えられないのは、冬総と旦那を……混在、させているから。
「わ、たしは……っ」
いくら秋在至上主義の冬総とはいえ、今揉めている相手は、自分の母親だ。
秋在の好きにさせるわけには、いかない。
それと同じくらい……母親を、擁護することもできないのだ。
冬総は秋在の手を掴み、母親の腕から引き離した。
「――ごめん、母さん……ッ! 今日も帰り、遅くなる!」
それだけ言い残し。
冬総は秋在の手を引いて、春晴家に向かって……走り出した。
秋在は、なんの抵抗も示さない。
――だが。
春晴家に着き、秋在が玄関の鍵を開ける。
そのまま、冬総は玄関をくぐりぬけた。
――そして、秋在は。
――ぽすっ、と。
――冬総のお腹に、軽いパンチを打ち込んだ。
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