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 ガチャリ、と。  玄関の扉を、冬総は開いた。  その足取りは……自分の家に帰ってきたとは思えないほど、重たい。  冬総はすぐに、母親がいるであろう居間へ向かう。  すると案の定……母親が、夕食の準備を進めていた。 「……あら、おかえりなさい、冬総。……そちらの子は、お客さん?」  スーパーで買ったと思われるパックの刺身を、テーブルの上に並べる。  母親は顔を上げて、冬総を見た。  そして……冬総の隣に立つ、秋在の存在に気付く。 「恋人」 「え……? ……あ、えっ、えぇ。そう、そうだったわね……」  頷き、笑みを浮かべる。  その笑顔は、あまりにもぎこちない。  母親は三人分の食事を用意しながら、秋在に微笑んでいた。  ――勿論、秋在の分ではない。  ――だが、この家の住人は……二人だけだ。 「もう、冬総ったら……お客さんを連れてくるんなら、先に言ってちょうだいよ。……今、お友達――こ、恋人さんの分も、用意……するわね」 「要らない」  母親の提案を、秋在は瞬時に断る。  ――そして。 「――ここでいい」  そう言って。  父親用の料理が並べられた席に、秋在は座った。  その瞬間。 「――ッ! だ、ダメよッ! そこに置いてあるのは、あの人の分だものッ!」  ――母親が、叫んだ。  その声に、冬総は思わず……怯む。  しかし、ヒステリックな叫び声を向けられた秋在本人は、怯まない。 「ボクの家。……秋有のご飯は、仏壇に置いてるよ」 「しゅ、う……? 誰よ、その子……ッ?」 「フユフサ」  戸惑う母親を無視して、秋在はテーブルに手を伸ばす。  そして、温かな白米がよそわれた茶碗を、手に取った。 「――仏壇はどこ」  その言葉に。 「――仏壇なんて言わないでッ!」  母親が……再度、叫ぶ。  仏壇は、ある。  当然……どこに置いてあるのかだって、冬総は分かっていた。  しかし……そこに、踏み込んでいいのか。 「やめて、やめてよッ! あの人のこと、引っ掻き回さないでッ!」 「フユフサ。……ご飯、冷めちゃうよ」 「やめてったらッ!」  泣き叫ぶ母親と、愛しい恋人。  関係性だけを見たら、どう行動すべきなのか。……冬総がそう悩んでも、当然の組み合わせだろう。  ――しかし。  ――悩む理由は、なかった。 「――頼む、秋在。……俺たち家族を、変えてくれ……ッ!」  そう言い。  冬総は仏壇がある部屋に向かい、歩き出した。  背後から、母親の悲痛な叫び声が聞こえる。  しかし、冬総も秋在も、止まらない。  すぐに二人は、仏壇の前へ辿り着いた。  ――扉が、閉じられている。 「フユフサ。開けて」 「……え、ッ」 「ここは、フユフサが開けないと意味がないよ」  ただの一度も、冬総は仏壇に触れたことがない。  ――タブーに、思えたからだ。  けれど、それでは……変われない。 「……分かった」  頷き、仏壇の前に座り。  ――冬総は初めて、仏壇に飾られた父親の遺影を見た。  小綺麗なスペースに、秋在は茶碗を置く。  そして……ぴしりと、正座をした。 「初めまして。ボクは、フユフサとお付き合いしてる春晴秋在」  自己紹介を始めた秋在の瞳は。  真っ直ぐと、冬総の父親へ向けられていた。

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