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 遺影が、飾ってある。  穏やかな笑みを浮かべた、青年の遺影が。  どことなく、冬総と面影が似ているその人は……もう、なにも語らない。 「フユフサはね、焼き魚が好き」  葬式以来、初めての対面。  遺影を見入ってしまっていた冬総の耳に、秋在の声が届く。 「だけど料理がヘタ。凄くヘタ。信じられないほどヘタ。しかもカッコつけ。女の子によく囲まれてる。成績は中の下か下の上。大事なことを話してくれないことがあるから、社会人になったら上司とか同僚に報連相で注意されると思う」  ――もしかして、貶されてるのか?  そう思い、冬総は秋在を見る。  けれど、その目は。 「――でも、いい息子だと思う」  ふざけている様子なんて、微塵も無い。  ――真っ直ぐなものだった。  秋在が、言葉を区切ると同時に。 「――あ、ぁあ……っ!」  声がした方を、冬総は慌てて振り返る。  そこには……ペタリと座り込んだ、母親の姿があった。  顔面蒼白になり、言葉にならない声を上げて、ただただ、震えている。  それでも、秋在は止まらなかった。 「後ろにいる女の人は、変。凄く変。信じられないほど変。フユフサと貴方を混同させてる。ボクと秋有は似ていても、別人。だからフユフサと貴方が似ていても、別人。それなのに、あの人からすると同じに見えるんだって」 「やめ――」  現実を、秋在は容赦なく突きつける。  母親は耳を塞ごうと、腕を上げた。  だが、その手は……耳を、塞がない。  ――塞げなかった。 「――今まで、寂しかったよね」  秋在の言葉に。  驚いて、しまったのだから。 「ずっと、閉じ込められてたんだよね。怖かったよね、寂しかったよね。……家族の顔、見たかったよね?」 「……なにを、言って……ッ」 「でも、もう寂しくないよ」  秋在は、後ろを振り返らずに。  ――冬総の母親を、指で指し示した。 「――これからは、フユフサもあの女の人も……いっぱい、お話に来てくれるからね」  母親が、動きを止める。  同じように……冬総も、動きを止めた。 「あの女の人……ご飯、いつも用意してくれてたんだよ。今日は、貴方の好きなお刺身だって言ってた。……嬉しい? 良かったね」  まるで、本当に会話をしているかのように。  秋在は饒舌に、遺影へ向かって語りかける。 「ボクたちも、今から食べるんだ。……あっ、白米しか持って来てなかった。オカズ、今から取ってくるね。待っててね」  そこまで言って、ようやく。 「……ボクの、準備できた?」  秋在は、冬総の母親を振り返った。 (マイペースって、レベルじゃないぞ……ッ)  夏形家の、暗く深い……絡まり、拗れた部分。  そこを秋在は、遠慮容赦なく踏み荒らした。  グチャグチャに引っ掻き回したくせに、なにも悪びれていない。  それは、当然だった。 「……ありがとう、秋在……ッ」  ――大切な恋人が、望んだことなのだから。  罪悪感を抱く必要なんて、どこにもないのだ。 「お腹空いたね、フユフサ」  至って平常運転の秋在が、そう呟く。  その表情は……まるで、抱えていた文句を一気に吐き出してスッキリしたかのように、爽やかなものだった。

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