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仏壇の前で、食事をする。
そんなこと……冬総にとっては、初めてだった。
なんとなく気まずい空気なはずなのに、不思議と……冬総の箸は、止まっていない。
その理由は、至極単純なものだった。
「何でお刺身に醤油かけるの? ソースじゃないの?」
秋在が、いつも通りだからだ。
醤油を手にとった冬総を見て、秋在は怪訝そうな表情を浮かべている。
「いや、醤油だろ? ソースにしたら、刺身の味……壊れないか?」
「じゃあ、醤油かけてみる。……フユフサはソースかけて。挑戦する前からの決めつけは、損。良くないよ」
「マジかァ……」
渋々と、冬総はソースを手に取った。
着々と食事を進める二人は、まるで夫婦のように仲睦まじい。
しかし、たった一人。
「…………」
手を、一切動かさない人がいた。
(母さん……)
いきなり、普段通りに食事なんて……できるはずもない。
秋在の夕食を用意してくれたのは、驚きだったが。
いくら秋在の言葉に感銘を受けたと言えど……傷心しているこの状態は、なにもおかしくはない。
――なにか、声をかけなくては。
そう思った冬総が、口を開く。
「――冬総、ごめん……ごめん、なさい……っ」
冬総の言葉よりも先に、母親が喋った。
――涙を流し、嗚咽を混ぜながら。
口元を押さえて、母親は泣き始める。
慌てて、冬総は箸を止めた。
「な、泣くなよ、母さん……! 別に、俺は気にしてないから……!」
「謝って」
「秋在……?」
「もっと謝って」
母親を慰めようとした冬総とは、全く真逆の意見が飛んでくる。
勿論……出所は、秋在だ。
秋在は眉間に皺を寄せて、母親を睨んでいる。
「確かに、あの人とフユフサは似てる」
「秋在……」
「でも、フユフサの方がカッコいい」
「げほッ!」
不意打ちすぎる言葉に、冬総は堪らずむせた。
不遜な態度で座っている秋在に、母親は泣きはらした目を向ける。
「……秋在くん、だったかしら? うちの人だって、格好いいでしょう?」
「フユフサの方がカッコいい」
「それは、母親としては嬉しいわよ? でも、女としては複雑なの」
「ボクはボクとして意見してる。母親か女かは関係無い」
バチバチと、二人の間に火花が散った。……気がする。
(もしかして……秋在と母さんは、相性が悪い……のか?)
睨み合う二人を見て、話題の中心人物だというのに、冬総は口を挟めない。
明らかに、不穏な空気だ。
……だが。
「――まったく、酷い子だわ。……ねぇ、あなたもそう思わない?」
母親はそうぼやき、仏壇に飾られた遺影を振り返った。
(――こんな風に活き活きしてる母さんなんて、いつ振りだろ……)
これから、どうなるのかは……まだ、分からない。
だが……少なくとも、悪化はしないだろうと。そう、思ってしまった。
――母親が初めて、遺影を直視しているのだから。
喧嘩をしている二人を見ながら、冬総は思わず……破顔した。
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