96 / 182

6 : 13

 仏壇の前で、食事をする。  そんなこと……冬総にとっては、初めてだった。  なんとなく気まずい空気なはずなのに、不思議と……冬総の箸は、止まっていない。  その理由は、至極単純なものだった。 「何でお刺身に醤油かけるの? ソースじゃないの?」  秋在が、いつも通りだからだ。  醤油を手にとった冬総を見て、秋在は怪訝そうな表情を浮かべている。 「いや、醤油だろ? ソースにしたら、刺身の味……壊れないか?」 「じゃあ、醤油かけてみる。……フユフサはソースかけて。挑戦する前からの決めつけは、損。良くないよ」 「マジかァ……」  渋々と、冬総はソースを手に取った。  着々と食事を進める二人は、まるで夫婦のように仲睦まじい。  しかし、たった一人。 「…………」  手を、一切動かさない人がいた。 (母さん……)  いきなり、普段通りに食事なんて……できるはずもない。  秋在の夕食を用意してくれたのは、驚きだったが。  いくら秋在の言葉に感銘を受けたと言えど……傷心しているこの状態は、なにもおかしくはない。  ――なにか、声をかけなくては。  そう思った冬総が、口を開く。 「――冬総、ごめん……ごめん、なさい……っ」  冬総の言葉よりも先に、母親が喋った。  ――涙を流し、嗚咽を混ぜながら。  口元を押さえて、母親は泣き始める。  慌てて、冬総は箸を止めた。 「な、泣くなよ、母さん……! 別に、俺は気にしてないから……!」 「謝って」 「秋在……?」 「もっと謝って」  母親を慰めようとした冬総とは、全く真逆の意見が飛んでくる。  勿論……出所は、秋在だ。  秋在は眉間に皺を寄せて、母親を睨んでいる。 「確かに、あの人とフユフサは似てる」 「秋在……」 「でも、フユフサの方がカッコいい」 「げほッ!」  不意打ちすぎる言葉に、冬総は堪らずむせた。  不遜な態度で座っている秋在に、母親は泣きはらした目を向ける。 「……秋在くん、だったかしら? うちの人だって、格好いいでしょう?」 「フユフサの方がカッコいい」 「それは、母親としては嬉しいわよ? でも、女としては複雑なの」 「ボクはボクとして意見してる。母親か女かは関係無い」  バチバチと、二人の間に火花が散った。……気がする。 (もしかして……秋在と母さんは、相性が悪い……のか?)  睨み合う二人を見て、話題の中心人物だというのに、冬総は口を挟めない。  明らかに、不穏な空気だ。  ……だが。 「――まったく、酷い子だわ。……ねぇ、あなたもそう思わない?」  母親はそうぼやき、仏壇に飾られた遺影を振り返った。 (――こんな風に活き活きしてる母さんなんて、いつ振りだろ……)  これから、どうなるのかは……まだ、分からない。  だが……少なくとも、悪化はしないだろうと。そう、思ってしまった。  ――母親が初めて、遺影を直視しているのだから。  喧嘩をしている二人を見ながら、冬総は思わず……破顔した。

ともだちにシェアしよう!