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暗い道を、並んで歩く。
息を吐くと、白くたなびいた。
もう、冬が近いのだ。
「今日は、本当にありがとな」
嬉々としてマフラーに顔を埋めている秋在を見て、冬総が笑う。
手を繋いで歩く秋在が、冬総を見上げた。
「母さんさ。今まで、仏壇を直視することもできなかったんだ。……だけど、これからは大丈夫だと思う」
家族の問題なのに、冬総一人で解決できたのか……分からない。
だからこそ……秋在への感謝は、言葉では言い表せないほどだ。
マフラーに顔の半分を埋めたまま、秋在が返事をする。
「何でお礼を言われてるのか、よく分かんない」
「そうか?」
「うん。だってボク……勝手に人の家に入って、勝手に仏壇開けさせて、勝手にご飯食べて、彼氏のお母さんとケンカしただけだよ?」
「いや、えっと……」
言葉にしてしまうと、確かにその通りだ。
だが、冬総は笑う。
「それでも、嬉しかったからさ。それに……秋在は、俺たち家族を……変えてくれた。だから、ありがとうって言いたいんだ」
情けなくて、恋人への頼みにしては……あまりにも、重たい。
そんなお願いだったのに、秋在は平然と受け止め。
あっけらかんと、叶えてしまった。
秋在は下を向き、黙り込む。
しかしすぐに、言葉を紡いだ。
「――フユフサが、変わりたくて……変わろうとして、選んだ道だよ」
モゴモゴと。
マフラーに隠された口が、音を奏でる。
「――だから、逃げ道じゃない」
なんのことかと、訊ねようとした。
しかし……すぐに、冬総は気付く。
『……俺ってさ、もしかしたら……ずっと、逃げてただけなのかもな』
秋在の部屋でこぼした、弱音。
……重たい現実に真正面からぶつかる勇気を、冬総は持っていなかった。
しかし……冬総は、ほんの少しでも変えられたらと……一歩を、踏み出したのだ。
髪を染め、ピアスの穴を耳に開け。
それは、母親との関係性を変えるという大それた願いに比べると……あまりにも、小さな一歩だったかもしれない。
【勇気】と呼ぶには、拙すぎる一歩だっただろう。
それでも、秋在は。
――冬総の頑張りを、肯定したのだ。
「……秋在。今って、俺が秋在にあげた指輪……持ってたりするか?」
「ある」
秋在は頷いた後、ポケットの中から指輪の入ったケースを取り出す。
肌身離さず持ち運んでくれていることを嬉しく思いつつ、冬総は秋在から、ケースを受け取った。
「秋在の家に着いたら、すぐに外す。……だから、今だけ」
秋在の薬指に、指輪をはめる。
たった一瞬の行為だが、二人には大きな意味があるように思えた。
左手を握り、冬総は薬指へ、キスを落とす。
「愛してるよ、秋在」
囁かれた、愛の言葉に。
「くすぐったい」
マフラーに顔を埋めたまま、秋在は返事をした。
6章【無自覚リリーフ】 了
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