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7章【初体験アテンション】 1
十二月。
クリスマスイブの、前日。
――それは、起こった。
『――フユくん。……緊急ミッションよ』
冬休みが始まり、すぐのこと。
冬総に電話をかけてきたのは、秋在の母親だった。
「……あの。何で俺の連絡先、知ってるんですか……?」
『そんなの、アキちゃんから教えてもらったからに決まってるじゃない~! 些事よ、些事!』
まるで『めっ』と言いたげに、たしなめられる。
(恋人の連絡先って、親に共有するものなのか……?)
少なくとも、冬総はしていない。
だが、秋在はしたらしい。
冬総の連絡先を勝手に共有した相手が、最愛の恋人である秋在だというのなら。
……冬総は当然、文句を言わない。
せめて一言……『お母さんに教えてもいい?』という確認くらい、ほしかった気もするが。
そして母親も、まるでそれが常識のように言わないでほしい気もする。
気を取り直し、冬総は話題を戻そうとした。
「それで、えっと……? 今の『緊急ミッション』っていうのは、いったい……?」
『そうよフユくん! 緊急事態発生なの、青天の霹靂なの、鬼に金棒なのよ~!』
「え、あ、えぇ……?」
まったく要領を得ないが、秋在の母親がテンパっているということだけは分かる。
冬総は戸惑いながら、言葉を待った。
そして、母親は告げる。
――世にも恐ろしい、大事件を。
『――アキちゃんが風邪ひいちゃったのよ~!』
「――今すぐ向かいますッ!」
十二月。
クリスマスイブの、前日。
――冬総にとっての大事件が、幕を開けた。
春晴家に辿り着いた冬総を、秋在の母親が出迎えた。
「ごめんね、フユくん~! 来てくれて、本当にありがとうっ!」
「いえ、大丈夫です。お邪魔します。秋在は部屋ですか。失礼します」
「情熱的なフユくんもステキね~。でも、一応状況説明をさせてくれないかしら?」
「なにを悠長な……! …………スミマセン、落ち着きます」
どうして、母親はこんなにのんびりとした様子なのか。
(秋在が風邪ひいたなんて、俺にとったら出産の次くらいに一大事だってのに……!)
だが、相手は恋人の母親だ。
無碍にはできないし、確かに現状を知っておくことも大切。
冬総は数回深呼吸をした後、母親に向き直る。
(待ってろよ、秋在……ッ! 必ず、俺が完璧な看病をしてやるからな……ッ!)
看病経験は皆無。
お見舞いとして持って来たのは、家の冷蔵庫に入っていたみかんゼリーのみ。……しかも、無断での持ち出し。
どんな病状なのか、いったいどうして風邪をひいたのかも分からないまま。
――冬総は、強く強く……拳を握っていた。
「本当に、情熱的ね~?」
そんな冬総を。
秋在の母親は、ひたすら微笑ましそうに眺めていた。
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