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夕方。
遠くから聞こえた物音で、冬総は目を覚ました。
(……俺、寝てた……のか?)
煩悩が、鎮まった後。
冬総はひたすらに、秋在を抱き締めていた。
どうやら、その間に眠ってしまっていたらしい。
冬総はゆっくりと上体を起こし、ベッドから降りる。
(今の音って……たぶん、玄関からだよな……?)
できる限り物音を立てずに、冬総は部屋を出た。
そして同じく、足音にも配慮をしながら……冬総はリビングへと向かう。
そうして、物音の正体に気付いた。
「……あら、フユくん! おはよう~!」
秋在の母親が、帰ってきていたのだ。
リンゴの皮を剥いている母親は、明るい笑みを冬総へ向けた。
おそらく、冬総は【寝起き】といった顔をしていたのだろう。
冬総の顔を見ただけで、母親は【アキちゃんとフユくんは一緒に寝ていた】と気付いたらしい。
「おはよう、ございます。……えっと、お帰りなさい……ですかね?」
「はい、ただいま~! アキちゃんのこと看ててくれて、ありがとう~!」
「いや……えっと、はい……」
まさか……病人である息子に、過保護な彼氏が手を出したなんて思っていないのだろう。
秋在に似た無邪気な笑顔から、冬総は思わず、目を逸らしてしまった。
「明後日、クリスマスデートするんでしょう? アキちゃんったら、フユくんとイルミネーション見るんだ~って、はしゃいでいたのよ~?」
「そう、なんですか……?」
「それはもう! お父さんがハラハラして、目をキョロキョロって泳がせちゃうくらいにはね~!」
「き、恐縮です……ッ」
やはり、どこのカップルでも父親は恐ろしい。
(今度会ったら、俺……怒られたりしない、よな……?)
そんな不安を抱えつつ、冬総は帰り支度を始める。
「今日は本当にありがとう! 後は、お母さんに任せてね~! 明後日までには絶対、本調子にしてみせるから~!」
「あははっ、それは嬉しいです。頼もしいですね。……魔法使いかなにかですか? ……なんて」
「うふふ~! こう見えて、サンタさんだった過去を持っているのよ~? 魔法くらい使えないとね~?」
笑みを浮かべたまま、母親が冬総を振り返った。
どこの家庭でも、親は一度、サンタさんになる。
物は言いよう、ということだ。
冬総ははにかみ、そして、頭を下げる。
「実の親に言うのも、変な話ですけど。……秋在のこと、よろしくお願いします」
「あらあら、いやだわ~。フユくんったら、本当にアキちゃんのこと大好きなのね~?」
「秋在なら、呼吸してるだけで可愛いです」
「これ以上温暖化が進んだら、フユくんの情熱が悪いのよ~っ!」
独特な揶揄い方だ。
頭を上げた後、冬総はそのまま玄関へ向かおうとした。
……が。
「……あの、お義母さん。その、家庭によって看病の仕方っていろいろだと思いますけど、えっと……。……どんだけ、リンゴの皮、剝くんですか?」
頭を下げていた、その一瞬で。
――台所に置かれたボウルには、皮を剥かれたリンゴの山ができていた。
「なにかしてないと落ち着かないのよ~!」
「……秋在、早く良くなるといいですね」
そうしないと、この母親はなにをしでかすか分からない。
リンゴをウサギの形に剥く母親を眺めて、冬総は心の底から……恋人の快復を祈った。
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