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 放課後。  バスを降りた、帰り道。 「……名前。勝手に教えたの……怒ってる、か?」  冬総は勇気を出し、秋在へそう訊ねた。  結局、秋在は今日一日……ずっと、不機嫌だったのだ。  バスの中でも終始無言だった秋在が、ポツリと答える。 「……『あの人』とか『あの子』って言われるよりは、いいよ」  そう答えた後……秋在は手袋をはめた手で、マフラーを触った。  ――それは、秋在が冬総に対してデレているという証拠。  秋在の気持ちを敏感に察知した冬総は、露骨に口角を上げて、喜びを露わにした。 「ッ! そ、そっか……!」  とりあえず、一安心。  秋在の一番は、冬総だ。それは、冬総も自覚している。  しかし、だからこそ……秋在に友達ができることは、悪いことではない。  そう思った冬総は、すぐさま季龍のフォローを始めた。 「あのな、秋在。四川はさ、確かに距離感近いしちょっとデリカシーがなさそうな奴だけど、悪い奴ではないと思うんだよ」  その瞬間。  ――マフラーを触っていた手の動きが、止まった。  ――前を向いて歩いていた冬総は、そのことに気が付かない。 「アイツ、男が好きなんだってさ。で、前の学校ではいろいろあったらしくて……だから、あんまり冷たくしないでや――」 「――何で」  秋在に、口を挟まれて。  ――冬総は、ようやく気付いた。 「――何でそんなこと、ボクに話すの」  ――秋在の瞳に、怒気が含まれていると。  射貫くような瞳に、冬総は言葉を失った。 「前の学校でなにがあったかなんて、ボクに関係無い。それはボクが仲良くする理由にはならない」  冷え切った、あまりにも恐ろしい、視線。  こんな目を向けられたのは……あの日。  ――放課後の教室で、秋在に拒絶されたとき以来だ。 「それに、いつ。ボクがあの人のことをフユフサに訊いたの」 「それ、は……ッ」 「ボクが誰と仲良くするかなんて、死んでも指図されたくない」  ――季龍のことが、心底嫌いなのか。  それとも、単純に。  ――秋在の地雷を、踏み抜いてしまったのか。  もしくは。  ――その、両方かもしれない。 「……ご、ごめん、秋在……。俺、そんなつもりじゃ……」  弁解の言葉を紡ごうにも、言い訳の色しか帯びていない気がして。  冬総は、言葉を探せなくなり……。 「……今日は、俺……帰る」  ――そのまま、冬総は……逃げることしか、できなかった。  踵を返す冬総を、秋在は引き止めなかった。  ましてや……『さようなら』の一言も、ない。 (最低だ……ッ! 俺、嫌な奴だ……ッ!)  秋在は、誰かに決めつけられることを極端に嫌う。  そして、冬総は思い上がっていたんだ。  ――自分なら、秋在の手綱を握れるのだ……と。  そういった驕りからの、発言だった。 (クソ……ッ! こんなの、他の奴と同じじゃねェか……ッ!)  季龍がどうして、秋在と仲良くしたがったのか。……それは、分からない。  けれど、友達が増えたなら。  秋在の世界は、なにかが変わるのかもしれない。  そういった変化を……秋在は、求めているのかも、と。  冬総は、お節介を焼いた。 「秋在……ッ」  愛しい恋人の名前を、呟く。  自己嫌悪を抱えたまま、冬総はゆっくりと……帰宅した。

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