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 季龍は、放課後……トイレから戻ってきた後。  机の中に入っていたメモ帳に、すぐさま気付いた。  そのメモ帳には、ただ一言。 『放課後 教室』  とだけ、書かれていたのだ。  差出人の名前なんかがなくても、季龍は予測を立てられた。  どうして呼ばれたのかは分かっていなかったが、珍しいこともあるものだと、季龍は秋在からの誘いに応じた。  ……それが、まさか。  ――曇りのない、殺意と。  ――鋭く尖った、鉛筆の先端。  そんなものを、向けられるだなんて……。 「……え、っと……?」  どちらも向けられた経験のない季龍は、思わず、動きを止めた。  秋在は季龍を睨んだまま、一歩も動かない。 「キミ、目障り。これ以上、フユフサに関わらないで」 「……アキ――」  言いかけて、季龍は閉口。  そして、言い直す。 「……春晴君って、ヤッパリ変だよね~?」  笑みを浮かべたまま。  秋在の殺意に応えるよう、挑発的な響きを込めて。 「言葉は少ないし、表情も分かりやすいってワケじゃないし……行動も、よくわかんね~や」  そう言い、季龍は自身の腕を、頭の後ろで組む。 「――それなのに、冬総のことは人の何倍も独占しようとしたがるなんてさ。……しかも、それを冬総本人には伝えてない。ホンットに、変だよね~?」  季龍は笑みを浮かべたまま、秋在に視線を合わせた。  ――けれど、その目は……いつもとは違い、笑っていない。 「なにも言わずに、欲しいものが全部手に入るなんて……春晴君はさ、見た目だけじゃなくてそんな風な考え方をしてるおこちゃまなの?」 「安い挑発。乗る価値もない」 「だったらその鉛筆、下ろしてよ~。怖いって」  口調は努めて明るく。  だが、決して緊張感は捨てずに。  秋在と対峙し続けるが、一向に殺意は消されない。  季龍はもう一度、露骨な嘆息を吐いた。 「ハァ~ッ。……春晴君がやってることってさ、ちゃんと【愛情】って言えるモンなのかな? オレには、そう見えないんだけど」  季龍の目には、秋在がワガママを言っているだけの子供に見えるのだろう。  大好きなオモチャが他の人に盗られかけて、どうにか守ろうとなりふり構わず暴れ散らす。  そんな【愚かで小さな子供】に。  ――だが。 「――なら、キミのは正しい【愛情】だとでも?」  ――秋在は、そんな【可愛い子供】ではないのだ。  ほんの少しだけ、秋在が動く。  ちなみにその動きは、季龍に攻撃するための一歩。……なんかでは、ない。  ほんの少し、身をよじった程度の動きだ。  ――だが、無意味ではなかった。 「……ン?」  秋在が動き、体が秋在の机にぶつかる。  小さな物音に、季龍は視線を動かした。  音が鳴った、秋在の机。  ――その上に置いてあるものを見て、季龍は。 「――ッ!」  ――激しく、動揺した。 「――人の彼氏を奪おうとしてる奴に、尻尾を振って懐くような……浅はかな子供にでも見えたの?」  机の上。  そこに置いてある、一冊のノート。 「――そんな奴に説かれる【愛情】には、興味を持ってあげてもいいかもね」  季龍が転校してきてから、秋在が毎日……落書きをしていた、ノートには。  ――冬総らしき男に、熱視線を送っている……季龍らしき人物の絵が、描かれていた。

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