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 季龍はただ、言葉を失っていた。 「初日」 「……ッ?」  秋在が、呟く。 「キミは、自己紹介で『自分の恋愛対象は男』だとカミングアウトした。きっと飄々とした言い方で、さも自然な告白の仕方をしたんだろうね。キミのキャラなら、軽く受け流してもらえるかもしれない」  まるで、その場にいたかのような言い方だ。 「……す、ごいね。探偵みたい」 「こんなの、推理するまでもない。……軽く受け流してもらわないと、キミは困っただろうからね」  季龍の肩が、ビクリと、跳ねた。 「キミは前の学校で、男が好きだとバレてトラブルに遭った。……だから、本当はカミングアウトすることが怖かったはず」 「……ッ」 「だけど、このクラスでは難なく受け入れてもらえた。忌避されず、軽蔑もされなかった。……それはどうして? 答えは簡単」  鉛筆の先端で、秋在はノートに描かれた冬総の制服を撫でる。 「――このクラスに、フユフサがいたから」  季龍は以前、同性愛者だというだけで白い目を向けられた。  逃げるように転校してきたけれど、その恐怖は拭い去れたわけではない。  ――だけど、このクラスではそんな目が向けられなかった。  ――既に、同性愛者が受け入れられていたから。  それでも、秋在の口は止まらない。  ――秋在がしたいことは、もっと別の言及だからだ。 「だけど、キミは勘違いした。それは、キミの経験談ゆえの勘違い。【男が好きな自分は、男にすら受け入れてもらえなかった。だからきっと、このクラスにいる同性愛者も同じはず】って」 「……春晴君はなにが、言いたいのかな~……?」 「そうだね。キミはフユフサじゃないから、自分で理解する努力をしない」  ノートに向けていた目を、季龍に向ける。  そして……秋在は決定的な言葉を、季龍へと突きつけた。 「――キミは【フユフサには恋人がいない】って誤解した。……そうでしょ」  同性愛者だからこそ、拒絶された経験。  それは季龍の中で、固定概念としてこびりついた。  ――同性愛者は、幸せにはなれない。  ――例え存在を受け入れられても、パートナーなんてできるはずがないのだ。 「……凄いね、春晴君は」  周りからの白い目により、季龍は臆病になっていた。  自分の気持ちを否定され、気味悪がられ、孤立させられ……。  だからこそ、自分の【仲間】に見えた冬総もまた、同様の扱いをされていると思ったのだ。 「うん、そ。当たりだよ、春晴君。……オレが転校してきた日の冬総って、自分の席で一人だったんだ。暇そうにボ~ッとスマホ見てたからさ……『コイツ、クラスで浮いてるんだな~』って思ったよ。……まぁ、次の休み時間とかには女子から声かけられてたし、浮いてなかったってのはすぐに分かったんだけどさ~」  秋在の言葉を肯定し、季龍は肩を揺らして笑う。  なにが可笑しいのか……秋在には、理解する気も起きなかったが。  緊迫した空気の中、季龍はふと、秋在を見つめた。 「――冬総ってさ、見た目カッコいいし、オレの話を真剣に聴いてくれるし、なにより優しいだろ? 春晴君なら分かってくれると思うけど……けっこう、オレのタイプなんだよね、冬総。……ホント、マジで」  冬総の絵に向けられていた鉛筆が。 「――お前なんかと一緒にしないで」  もう一度、季龍へ向けられた。

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