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静かな、山の奥。
そこには、自然の音以外……なにも、聞こえない。
川に近寄り、秋在は歌うように告白した。
「――ボクはね、フユフサが好き」
冬総は、ふと……肩の荷が下りたような気持ちになる。
無意識のうちに【別れ話】だと、思っていたのかもしれない。
胸を撫でおろしつつ、冬総は秋在の言葉を待った。
「ボクは、フユフサがボクを『好き』って言ってくれるから、フユフサに『好き』って言える。ボクの【好き】は、信頼の言葉」
それは、あの日。
冬総が初めて、秋在に想いを伝えた日のこと。
『――俺、春晴のこと……好き、かも、しれねェ……ッ』
『なんか、気になって……俺は、春晴の、ことが……ッ』
あの日……秋在は、こう応えた。
『――じゃあ、ボクも』
そう言って、両手を広げて……冬総を、受け入れたのだ。
(あの時の『じゃあ』って、そういう意味だったのか……?)
てっきり、あの時は状況が状況なだけに……秋在は、流されてくれたのかと思っていた。
しかし、あれはきちんと……秋在なりの、愛情表現。
秋在は冬総から好意を伝えられたことにより、同じく好意を伝えてもいいという権利を手に入れたのだ。
「だけど……だけど、ね……」
秋在の声が、弱々しくなる。
瞳を伏せた秋在は、寂し気だ。
「――今のボクは、フユフサがボクを『好き』って言ってくれなくても、フユフサに『好き』って言っちゃうんだよ……っ」
この言葉を伝えるのに、秋在はどれだけの勇気を振り絞ったのか。
……冬総には、想像もできない。
それでも秋在は決して、冬総から逃げるような素振りを見せなかった。
その、姿に。
(――ヤッパリ、秋在は格好いいな……)
冬総は、目を細めてしまった。
きっと、今の秋在は怯えている。
寂しそうな表情をして、冬総を見つめているのが……その、証拠だ。
それでも目を背けない強さに……冬総はまた、恋をした。
「ボクの【好き】は、信頼の言葉。……だけど、今は……きっと、束縛の言葉だよ……っ」
手袋をはめた秋在が、両手を胸の前で……ギュッと、握っている。
「――フユフサが、好き。好きだよ、大好き……っ。ボクは、フユフサが……好き、なんだ……っ」
マフラーに顔を埋めて、秋在は愛を説いていた。
本来ならば、幸福に満ち溢れたシーンなのだろう。
大好きな人から、惜しみない愛を向けられているのだから。
――なのに。
――秋在の言葉は、まるで……【懺悔】だ。
「フユフサにとって邪魔なら、ボクの気持ちは遠くに置いていくつもりだった……っ。置いていける、つもりだったんだよ……っ? ボクは、フユフサが『好き』って言ってくれないと、フユフサに『好き』って言っちゃいけないって……そう、思ってたのに……っ! そんなボクで、ありたかったのに……っ!」
両手で、秋在は自身の顔を覆う。
「――ボクは、フユフサの笑顔を守るために……ボクを消せるボクで、いたかったのに……っ! ボクは、ボクを……消せなく、なっちゃったんだ……っ!」
震えた声。
そんな声を聞いていると、まるで秋在が泣いているように見える。
だが、秋在の涙は枯れた。
そう、秋在本人が言っていたのだ。
――それなら、いったい……。
(――今の秋在は、どうやったら……泣けるんだ……?)
直面した現実から、秋在は逃げない。
けれど、どうすることもできなくて……怯えている。
そんな秋在を見て、冬総の胸は……痛いほどに、締めつけられた。
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