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心行くまで秋在と愛を確かめ合った後。
夜ご飯を食べ終え、冬総は秋在の部屋に座っていた。
てっきり、このまま風呂に入るのかと思っていたのだが……。
「――何でバケツなんて持ってるんだ、秋在?」
秋在が、バケツを持って部屋に来たではないか。
花火……にしては、少々季節外れだ。
しかし、秋在はバケツだけを持っている。
花火をするような素振りではない。
「フユフサ、外に行こう」
「秋在がそうしたいなら、全然いいけど……暗くなってるから、遠出はナシだぞ?」
「家の前だから、大丈夫」
想像以上の近場に、冬総は思わず笑ってしまう。
それでも、バケツを持っている意味は分からなかった。
二人でリビングに向かうと、秋在が突然、キッチンへ向かう。
そして、バケツに水を入れ始めたのだ。
「あらあら~? 季節外れの花火大会?」
秋在の母親はそう言い、冬総と秋在を眺めている。
新聞に目を通していた父親が、チラリと秋在へ視線を送った。
「花火をするのなら、付き添うが」
「花火じゃないよ」
「……そうか」
なんとなく、父親が落ち込んでいるように見える。
(厳しそうだけど、たぶん……メチャクチャ、家族のことが好きなんだろうなァ……)
そんな父親の姿に、冬総は妙な親近感を覚えてしまったが……勿論、口には出さない。
バケツに水を入れ終わった秋在が、ヨタヨタと歩き始める。
そんな姿も愛らしいが、水をひっくり返してしまいそうで心配だ。
冬総はすぐさま、秋在の代わりにバケツを運び始める。
「コレ持って、外に行けばいいんだな?」
「うん。……ちょっと、外」
「は~い。行ってらっしゃ~い」
秋在に声をかけられた母親が、ニッコリと笑みを浮かべて応じた。
春晴家の家族仲は、とても良好。
余談ではあるが……そんな春晴家の光景を見るのが、冬総は好きだったりする。
玄関の扉を、秋在が開く。
そして、冬総は持っていたバケツをアスファルトの上に置いた。
「ふぅ。……バケツ、もっと別の場所がいいか?」
「ここがいい。持ってくれて、ありがと」
「どういたしまして」
バケツの水に、月が映る。
秋在はバケツを覗き込んで、呟いた。
「今日、晴れてて良かった」
どうやら、秋在はバケツに月を映したかったらしい。
目的は分からないが、秋在の願いは果たされている。
ならば、冬総にとっても【晴れていることへの感謝】が浮かんでくるというものだ。
「晴れて良かったな、秋在。……月、くっきり見えるもんな」
「うん。満月じゃないけど、ボクはこれが見たかった」
「この中途半端な形をか? 秋在らしいなァ……」
秋在はジッと、バケツを覗き込んでいる。
(無邪気な子供みたいで、可愛いな……)
そんな秋在の様子を、冬総はジッと眺め続けた。
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