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10章【生誕祭プロブレム】 1
転校生である、季龍との騒動が終わり。
二月になったばかりの、ある日。
――冬総は、目に見えて落ち着きを失っていた。
(二月……! そう、二月だ……ッ! ついに、ついに【あの日】がくる……ッ!)
春晴家にお呼ばれしていた冬総は、恋人である秋在の部屋で腕枕をしている。
……言うまでもないが、情事の後だ。
そんな中……冬総は内心で、にんまりと笑っている。
(そう! 二月十四日……それは、バレンタ――)
冬総がそこまで考えるのと。
「――フユフサ。来週の誕生日、なにが欲しい?」
秋在がそう訊ねたのは。
同時だった。
冬総は隣で寝転ぶ秋在を見て、目を丸くする。
「……たん、じょうび……?」
「うん。誕生日」
二月十四日。
それは、恋人を持つ男子も、そうでない男子も心浮きたたせる大イベント。
――バレンタインデー。
しかし。
その前日である、二月十三日。
――その日は、冬総の誕生日だった。
どことなく気だるそうな表情を浮かべている秋在を見て、冬総は未だに丸くなった目を向けている。
「……俺の誕生日、憶えてたのか?」
「フユフサはボクの誕生日、忘れた?」
「十月三十日」
「なら、普通だよね」
寝返りを打ち、秋在は冬総の腕にキスを落とす。
そんな秋在を眺めながら、冬総はしみじみと実感した。
(そうか……。俺の誕生日、憶えててくれたんだな……)
こうして、秋在からの想いを痛感すると。
冬総は、堪らなく嬉しくなった。
……あれは、数ヶ月前のこと。
まだ付き合い初めの頃に、冬総は秋在へ誕生日を訊ねた。
そのとき、話のはずみでたった一度、自分の誕生日も教えていたのだが……。
(かなり嬉しい……)
まさか、ほんの一瞬触れた話題を憶えていてくれたなんて。
冬総は嬉しくなり、秋在のことを抱き締める。
……だが、まだ秋在からの問いかけに答えていない。
「欲しいもの……欲しいもの、かァ……」
誕生日を憶えていてくれた。
それだけではなく、祝おうとまでしてくれている。
これだけでも、冬総は十分嬉しいのだ。
そして、なによりも……。
(誕生日のこと……って、言われてもな……)
冬総自身は、自分の誕生日というイベントに固執していなかった。
全く意識していなかったわけではないが、冬総はそれどころではなかったのだ。
――なぜなら。
(――俺は、正直【秋在からバレンタインチョコを貰えるか貰えないか】ってことしか考えてなかったぞ……ッ!)
――冬総は、男の子なのだ。
(手作りチョコが欲しい……! 最悪、既製品でも全然いいからチョコが欲しい……! 秋在からチョコを! 貰いたい!)
しかし。
そもそも、秋在が【バレンタイン】という行事を知っているのか。
そこが、冬総には分からなかった。
(欲しいものを訊かれてるんだから、ぶっちゃけ『チョコ』って答えてもいいんだけど……でも、こっちから要求するのはちょっと違うよな、ヤッパリ。……そもそも、誕生日プレゼントを訊かれてるんだし。あぁぁ、だけど、チョコが欲しい……ッ!)
できることなら、会話の流れでバレンタインのことを訊きたいくらいだ。
複雑な、恋する男心。
「……?」
そして、冬総の葛藤に気付いていない秋在はというと。
――ただ大人しく、冬総からの返事を待っていた。
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