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翌日の、金曜日。
「――それで、春晴くんが口をきいてくれない……と」
冬総は教室で、頭を抱えていた。
目の前には、そんな冬総を眺める季龍が座っている。
昨日の、放課後。
冬総は欲望の赴くままに、秋在を抱き潰した。
それ自体は、普段となんら変わらない光景だ。
――しかし、秋在の様子はおかしかった。
いつもよりも、心なしか素っ気無かったのだ。
「俺は、嘘を吐いたワケじゃない……ッ!」
『なにが欲しいか』と訊かれて『なんでも嬉しい』と答えるのは、正直【答え】とは言えないだろう。
それでも、冬総にとっては嘘偽りのない本心だったのだ。
昨日の会話だけを打ち明けられた季龍は、項垂れる冬総を眺めつつ、腕を組む。
「でもよ~? 冬総だって、春晴くんからそう言われたら困るだろ?」
「あァ? そんなモン……『どんだけ俺のこと好きなんだよ』って喜ぶに決まってんだろォが。秋在への愛情嘗めんなよ、マジで」
「あ~……冬総はそういう奴だったな~……」
――むしろ、冬総ならば秋在に『なんでもいいよ』と言われたくて、訊ねそうだ。
と、季龍は思ったが……当然、声には出さない。
冬総はゆっくりと顔を上げ、正面に座る季龍を見上げた。
「……だからってな、四川。俺は、秋在と別れたりしねェからな。『チャンスだ』とか思うなよ、絶対……!」
「だから、オレは春晴くんのことが好きとかじゃじゃないんだって……」
露骨すぎる牽制に、季龍は頭を掻く。
冬総は、未だに『季龍が秋在に惚れている』と勘違いしているのだ。
それにより、冬総はなにかある度に……こうして、季龍を牽制していた。
……そもそもが勘違いだなんて、欠片も気付かずに。
(今はマジで、プレゼントよりバレンタインチョコが気になるんだよ……! 秋在……俺の誕生日だけじゃなくて、バレンタインも憶えててくれてるよな……?)
……もしも。
もしも、秋在がバレンタインという一大イベントを忘れていたら。
そう思うと、余計に冬総は頭を抱えてしまった。
(これは、俺から渡した方がいいのか……? でも、俺は秋在から手作りのチョコが……だが、しかし……なにも用意されてなかったら……ッ!)
派手な頭を乱暴に掻き、冬総は机に突っ伏す。
「うぐぅう……ッ!」
「ほんと、大丈夫かよ冬総……」
【普通】のカップルなら、バレンタインという行事は絶対に気にする。
それゆえに、秋在なら気にしないという可能性が浮上してしまうのだ。
――むしろ、その可能性の方が大きい。
冬総はひとしきり悩んだ後、突然。
「――よし!」
ガバッ、と、顔を上げた。
どういう理由でなにを吹っ切れたのか分かっていない季龍は、ひたすらに驚いている。
(――ヤッパリ、俺が用意した方が無難な気がする!)
冬総の頭を数日埋め尽くしていたイベントへの、対応。
それを決めた冬総は、隣の席に目を向ける。
そこには……微動だにせず眠っている秋在が、座っていた。
(任せとけよ、秋在……! 俺が、イイ感じのチョコを用意してやるからな……!)
決意を固めた冬総は、秋在を眺めて一人、頷く。
「……なんなんだよ、お前たち……」
冬総の奇行を、全て眺めていた季龍は。
ただ一人、呆れてしまっていたが。
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