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 戦場――もとい、スーパーでの戦いを終えた冬総は。 (まだ、あの光景を思い出すと体が震える……ッ)  なんとか、バレンタインチョコを購入できていた。  今は、戦いを迎えた金曜日……を越えた、翌週の月曜日。  ――冬総の、誕生日当日だった。  冬総にとってメインイベントは、明日――バレンタインだ。  特段、自分の誕生日に思い入れがあるわけではない。  彼女がいようが、いまいが……冬総は、そんなものに浮かれるようなタイプではなかったのだ。  ――しかし、今年は秋在がいる。  ならば、欠片の関心や期待を抱いていない誕生日というイベントにだって、意味が見出せるだろう。 (秋在……結局、なにか用意してくれたのか……?)  秋在からプレゼントを強請るつもりなんて、毛頭ない。  だが、秋在は冬総の誕生日プレゼントについて……ここ数日、悩んでくれていた。  ならば、こうして冬総がソワソワと落ち着きをなくすことは……なんら、不思議ではないだろう。  ……けれど。 「……! 秋在、おはよう!」 「おはよう」  今日は、朝から秋在が登校してきた。  隣の席に向かう秋在は、冬総に挨拶を返す。  ……だが、それだけ。  相変わらず難しい顔をしたまま、秋在は自分の席に座ってしまった。 「……あ、秋――」 「夏形く~んっ!」 「誕生日、おっめでと~う!」  冬総が、秋在へ声をかけようとすると。  数名のクラスメイトが、冬総の席へ駆け寄ってきた。  女子は口々に『おめでとう』を伝えると、各々が用意したプレゼントを手渡し始める。 「お、おぉ……? サ、サンキュ?」 「どうしたの? そんなに驚いて!」 「もしかして、誕生日忘れてた?」  机の上が、クラスメイトからの誕生日プレゼントで埋め尽くされていく。  本人は忘れかけていたが、このクラスで冬総は人気者だ。  つまり、こうして誕生日を祝われるのは……なにも、おかしいことではない。 「いや、驚いたって言うか……嬉しいよ、ありがと」  プレゼントを一つ一つ確認し、それに対して律儀にコメントを返す。  決して、そういった好意を迷惑だとは思わない。  そして、好意に対する行為を面倒だとも思わなかった。  ――だが。 (祝ってくれるのは嬉しいけど、これじゃ秋在と話せない……!)  ――最優先すべき秋在と、話せないのだ。  秋在は、冬総が他の誰かと話していると寄ってこない。  ということは、つまり。  冬総がチヤホヤされるこの【誕生日】というイベントは。  ――強制的に秋在を我慢しなくてはいけない日、ということだった。  放課後になり。 「――秋在! 一緒に帰ろうぜ!」  冬総はようやく、秋在と話す機会を手に入れた。  ホームルームが終わると同時に、冬総は隣に座る秋在を見る。  あまりの速さに、クラスメイトだけではなく秋在すらも驚いていた。 「……うん」  動きは機敏で、声も大きい。  しかし、冬総は満身創痍だった。  秋在はいそいそと帰り支度を進めて、冬総へ近寄る。  すると、冬総は……。 「……フユフサ?」  ――秋在の手を、握ったのだ。  帰り道で手を繋ぐことは、時々あった。  しかし、教室から手を繋いだのは初めて。  秋在は若干驚きつつ、冬総を見上げる。 「今日、全然秋在と話せなくて……だいぶ、寂しかった」  クラスメイトが迷惑だったわけではない。  その気持ちは、誓って、嘘ではなかった。  けれど、秋在と話せないということとは、別問題。  疲弊気味に笑う冬総を見て、秋在は……。 「……そっか」  冬総の手を、強めに握り返した。

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