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リビングに冬総を案内した秋在は、紙袋の中身を取り出していた。
「ごめんな、秋在。俺が用意したの、既製品で……」
すぐ近くにあるキッチンからは、甘い匂いが漂っている。
お洒落な包装紙でラッピングされているチョコを見て、秋在は笑う。
「フユフサの手料理に期待してない」
「ぐう……ッ! 悔しいけど、ぐうの音も出ない……ッ!」
「出てるけどね」
秋在は嬉しそうに、チョコを抱き締めた。
「ラッピング、フユフサがしてくれたんでしょ。……嬉しい」
「よく気付いたな? もしかして、下手くそだったか……?」
「エスパーだから」
冗談を言うほど、喜んでいるのか。
……秋在なら、本当にエスパーでも驚かないが。
秋在は一度、抱き締めていたチョコをテーブルに置く。
そして、椅子に座る冬総を見つめた。
「ボクのも、欲しい?」
「欲しい」
間髪入れずに、冬総は頷く。
そんな様子を見て、秋在はクスクスと笑った。
「わんこ」
褒められているのか、貶されているのか、慈しまれているのか。
秋在の真意は分からないが、嬉しそうだということだけは伝わった。
笑みを浮かべたまま、秋在は歩き出す。
そして、冷蔵庫からなにかを取り出した。
用意されたものを見て、冬総は驚く。
「普通のチョコじゃなくて、ケーキじゃんか……ッ!」
「ケーキだよ」
「ザッハトルテじゃんか……ッ!」
「ザッハトルテだよ」
秋在が作ったのは、ただのチョコではない。
――ザッハトルテだ。
テーブルの上に置かれたザッハトルテを見て、冬総はすぐに写真を撮り始める。
そんな冬総を見て、秋在は小首を傾げた。
「フユフサはどうして、毎回写真を撮るの?」
「嬉しいって思った瞬間を、切り取って保存するためだ!」
「ふぅん」
角度を変えながら、冬総はザッハトルテを撮る。
すると、不意に。
「……ちょっ、秋在! ブレるって……!」
秋在が、冬総の袖を引っ張った。
撮影の妨害かと思った冬総は、すぐに秋在へ視線を送る。
そして……またしても、冬総は驚いた。
「――切り取って」
――秋在が、冬総から貰ったチョコを抱き締めながら、立っているのだから。
写真を撮ることは、幸福な瞬間を切り取って残したいということ。
それを知った秋在が、撮影を求めてくるということは……。
「……俺は今日、死ぬのか……?」
秋在の気持ちに、気付いただけではなく。
合法的に、秋在の写真を撮れるだなんて……。
真顔で不吉なことを呟く冬総を見て、秋在は小首を傾げる。
「なんで?」
「……いや、悪い。独り言だ、独り言……ッ」
求められるがままに、冬総は秋在の写真を数枚撮った。
それを眺めて、冬総はにやける。
「秋在、マジで可愛すぎる……ッ。待ち受けにしてェ……ッ」
「ボクの待ち受けはフユフサだよ」
「死にそう」
「なんで?」
二日連続で、身に余り過ぎる幸福を過剰に摂取。
冬総は若干滲む視界を、なんとかクリアに戻す。
秋在はもう一度、テーブルにチョコを置いた。
「フォーク用意するね」
「あ、あぁ……。……一緒に食べようぜ?」
すると。
「…………ん」
妙な、逡巡。
しかし、秋在は小さく頷く。
(……今の間は、何だ?)
そうは思ったけれど。
フォークを取りに向かった秋在には、訊けなかった。
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