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ザッハトルテを、一口食べる。
そして、冬総は刮目した。
「――美味いッ!」
それは、二十四時間前の台詞と全く同じだ。
同じ熱量か、それ以上ではしゃぐ冬総を眺めて、秋在は笑っている。
……なのに。
「……秋在? 食べないのか?」
フォークは二つ、用意されている。
それなのに秋在は、ザッハトルテを食べようとしていなかった。
冬総から目を逸らし、秋在は小さな声で答える。
「…………食べる」
妙な間を、作りながら。
「……もしかして、甘いものが苦手……とか?」
「好き。だから、返さない」
没収されると思ったのか、秋在は冬総から貰ったチョコを素早く引き寄せる。
甘いものが好きで、尚且つこれだけ美味しいザッハトルテが目の前にあるのなら……どうして、秋在は食べようとしないのか。
咀嚼しながら、冬総は考える。
――そして。
「――今日さ、珍しくリップ塗ってるじゃん? それとケーキを食べないのって……なんか、関係ある感じか?」
――玄関で気付いた【違和感】との関連性を、確認した。
冬総が、玄関で秋在にキスをしなかった理由。
――それは……秋在が珍しく、リップを塗っていたからだ。
(秋在がリップ塗ってるのなんて、初めて見たな。……リップ塗ってる秋在の写真撮れるとか、マジで超ラッキーだ……!)
ザッハトルテを頬張りながら、冬総は幸福をしみじみと噛み締める。
そんな冬総と比例するように、秋在は驚きで目を丸くしていた。
「……気付いて、たの……?」
「ン? いや、そりゃ気付くだろ?」
秋在はふと、ある日のことを思い出す。
それは、冬休みが明けて数日後。
『ねー、夏形くんっ! 今日のアタシたち、色付きのリップ塗ってるんだけど……気付いてくれてた~?』
そう訊ねたクラスメイトに、冬総は笑顔でこう答えていた。
『――いや、リップ塗ってるかどうかなんて気付くワケなくないか? ……言われても、よく分かんねェかも。何色だ?』
そんな会話を聞いていた秋在は、冬総が気付くはずないと……そう、思い込んでいたのだ。
……わざわざ、そのときの出来事を口にはしないが。
ザッハトルテを食べ進める冬総から視線を逸らし、秋在は呟く。
「……味付きのリップ、なんだって」
「んぇ……ッ?」
口の中にものを入れていた冬総は、マヌケな声を出した。
秋在は両膝に手を乗せて、縮こまる。
「……玄関で、すぐに……キス、されると思ってて……。……チョコ味の、リップ……」
――ゴクリ、と。
冬総がザッハトルテを飲み込む音が、大きく鳴った。
「……て、てっきり……昨日の今日で、唇が荒れたのかと、思って……遠慮した、感じで……ッ」
「……うん」
「だから、つまり……それ、知ってたら……ケーキより先に、キス、してたぞ……ほ、本気で」
「う、ん……っ」
冬総は、恐る恐る立ち上がる。
その動きに気付いていても、秋在は逃げない。
そのまま冬総は、秋在の隣に立った。
「……秋在。凄く、可愛い」
「……うん。ありがと」
「俺、昨日からずっと……死ぬほど嬉しいなって気持ちが、続いてるんだ。……全部、秋在のおかげだ」
頬に手を添え、冬総は腰を曲げる。
「本当に、ありがとう。……秋在、愛してる」
「……うん。ボクも」
視線を絡ませた秋在が、まるで恥じらうかのように、瞳を閉じた。
そのまま、冬総は秋在との距離を詰め。
甘い唇に、キスを落とした。
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