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ザッハトルテを二人で食べながら、冬総は笑う。
「俺、バレンタインを『いい文化だ』って思えたの……今日が、初めてだ」
「……ボクは、意識したことなかった」
「意識してないくせに、チョコ味のリップ塗って待っててくれたのか?」
「過去形なんだけど」
恥ずかしそうに呟く秋在を見て、冬総は満面の笑みを浮かべている。
ニコニコと笑う冬総を睨み、秋在は身を乗り出した。
「没収」
「なんでだッ!」
皿ごと、秋在は冬総からザッハトルテを没収する。
だが、今日の冬総は簡単にはへこたれなかった。
「じゃあ、秋在があーんってしてくれよ」
「やだ」
「……からの?」
「やだ」
「やだなのか……」
がっくりと、冬総は肩を落とす。
ふと、冬総の視線に……秋在が使っているフォークが映る。
冬総は手を伸ばし、フォークを握った。
「じゃあ、俺が秋在に食べさせる。……秋在、あーん」
「あー……」
それには、素直に応じるらしい。
秋在は口を開き、冬総からの行為を受け入れた。
ザッハトルテを咀嚼する秋在を見つめて、冬総は頬杖をつく。
「……な、秋在。キス、ありがとな。……すげェ嬉しかった」
「んむ」
「バレンタインのプレゼントも、わざわざ作ってくれてありがと。メチャクチャ美味しいし、それに……それと同じくらい、嬉しかった」
「むん」
モグモグと口を動かしながら、秋在は頷く。
無表情のようだが、ほんの少しだけ……嬉しそうに、見える。
冬総は握っていたフォークを眺めて、呟いた。
「……秋在が使ってたフォーク使って食べたいんだけど、いいか?」
「やだ」
「これもやだか……」
またもや肩を落とした冬総を見て、秋在は微笑む。
「子供みたい」
そうして、ザッハトルテが返された。
秋在は自分の皿に乗せていたザッハトルテを食べ終え、そのまま一つの箱へ手を伸ばす。
それは、冬総から贈られたチョコだ。
「そんなに食べて、晩飯入るのか?」
「ん」
コクコクと頷いた秋在を見て、今度は冬総が微笑む。
――そして、失言をかました。
「――いっぱい食べるのに、秋在はちっちゃいんだな」
ピタリ、と。
チョコを食べ進めていた秋在の手が、動きを止める。
そして……。
「――没収」
素早く、冬総からザッハトルテを回収した。
「ちょっ、冗談だって、冗談! 小さい秋在も大好きだからッ! ちっちゃくても可愛いぞ、秋在――って、あぁあッ! 俺のザッハトルテェエッ!」
地雷原を駆け抜けた冬総のザッハトルテは。
創造主である秋在によって、ペロリと平らげられた。
冬総にとって、初めて『いい文化だ』と思えた、バレンタイン。
その終わり方は……ほんの少しだけ、ほろ苦かった。
10章【生誕祭プロブレム】 了
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