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終章 : 7
教室での【思い出作り】から、数日後。
冬総たちは、春休みを迎えていた。
秋在の気が向いたら、家にお呼ばれしたり。
時には、普通の恋人らしい健全なデートを外でしたりと。
冬総と秋在は、高校生カップルらしい日々を過ごしていた。
そうして迎えた、春休み最終日。
『とまりにきて』
気まぐれな秋在から、一通のメッセージが送られてきた。
突拍子がなさすぎる誘いに、冬総は慌てて準備を始める。
――勿論、返事は『イエス』だ。
余談ではあるが、冬総はいついかなる時でも秋在からの招集に応えられるよう、予定を空けていた。
宿題も即座に終わらせ、秋在と解散した日にだけ部屋の掃除などの雑務をしたり……冬総の春休みは、秋在を中心に回っていたのだ。
(だけどまさか、最終日に泊まりで呼ばれるとは思ってなかったな……)
予想外のことをするのは、秋在にとって専売特許のようなもの。
そして……そんな気まぐれに振り回されるのが、冬総は嫌いじゃないのだ。
(手土産、なにか買ってくか)
そう思い、冬総は玄関へと向かった。
すると偶然、母親と鉢合わせする。
「あら。彼女の家?」
呼び止められたので、冬総は思案顔を浮かべた。
「彼女……秋在が、俺の……? 秋在は俺より男前なんだが、かと言って俺は【彼女】って顔じゃないしな……。……あぁ、彼女の家」
「あなた、そんなに面倒な子だったかしら……?」
「実の息子に向かって失礼だぞ」
「実の息子だから言ってるのよ」
その言葉に、冬総は言葉を失くす。
(『実の息子』か……)
思えば。
母親が、きちんと冬総を見てくれるようになったのは……秋在のおかげだった。
「そっか。……俺、今日は秋在の家に泊まるから」
「随分と急なのね。……でも、分かったわよ」
そのまま家から出ようとすると、母親が「ちょっと待って」と冬総を呼び止める。
居間へ向かった母親は、少ししてからもう一度、姿を現した。
「これ。お土産に持っていきなさい」
「……カステラ? いいのか?」
「駄目だったら渡すわけないでしょう」
「親父以外に辛辣すぎないか?」
と言いつつも、冬総はカステラの入った箱を受け取る。
「……てっきり、母さんは秋在が嫌いなんだと思ってた」
「変わった子だとは思うわよ」
スパッ、と。
冬総の母親は、息子の恋人を一刀両断する。
腕を組みながら、母親は冬総を見つめた。
「いい子なのかどうかって言われると、ちょっと図々しい気もするわね。……普通、初めて来た家の仏壇、勝手に開ける?」
「秋在だからな……。【普通】ってのには、当てはまんないな」
「そうでしょう? だから、嫌いじゃないけど『いい子』とも言えないわね」
口調は、どことなく冷たい。
冬総の母親にとって、愛する旦那の仏壇は……タブーだった。
それを、秋在はいとも容易く触れたのだ。
だが、母親の表情に【怒り】という感情は見受けられない。
――むしろ。
「――でも、冬総が選んだ子なら……いい子、なんでしょう?」
その瞳は。
――慈愛に、満ち溢れていた。
母親の視線に、冬総は照れ笑いを返す。
「メチャクチャにいい奴。……あげねェよ」
「あなた、本当に面倒くさい子になったわね。……誰に似たんだか」
「なら、親父は相当の物好きだろ? なにしろ、母さんを選んだんだからな」
「カステラ没収するわよ」
「嘘です冗談ですお母様最高!」
母親から素早く手を伸ばされ、冬総はすぐさまカステラを守った。
そんなじゃれ合いも、夏形家にとっては貴重なもの。
冬総は再度、笑みを浮かべる。
「……じゃ、行ってくる。あんまり秋在待たせると、拗ねるかもだし」
「それは困るわね。なら、急ぎつつ気をつけて行きなさい」
「おう。……カステラ、サンキュ」
靴を履く息子の背を見て、母親は笑う。
「行ってらっしゃい、冬総」
その目は、もう。
亡き夫の面影を、息子に重ねようとはしていなかった。
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