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オマケ話(1)【突発的ニックネーム】 1

 ――秋在に、ニックネームで呼ばれたい。  突然、冬総はそう思った。  思えば、秋在の母親は冬総のことを『フユくん』と呼んでいる。  そして、秋在の母親は秋在のことを『アキちゃん』と呼んでいた。 (『アキちゃん』って、響きがなんかイイよな……)  学校からの帰り道。  バスを降りた冬総は、隣を並んで歩く秋在を見下ろした。 「秋在。頼みたいことがあるんだけど、いいか?」 「貸しひとつ」 「任せろ」  靴の先で石ころを蹴飛ばす秋在の短い返答に、冬総も短く返答する。 「呼び方なんだけどさ」 「うん」 「俺のこと、秋在の母さんみたいに『フユくん』って呼んでみてくれないか?」 「なんで?」 「……『なんで』?」  理由を訊ねられた冬総は、一瞬だけ考え込む。  これは、ヘタにそれらしい理由をこじつけた方が呼んでもらえる確率が上がるのか。  それとも、素直に答えた方がマシなのかもしれない。 (秋在に嘘を吐くのは嫌だからな)  となれば、冬総が言えることはひとつ。 「なんとなく、秋在にあだ名で呼ばれてみたいなって思ったからだけど……それが理由じゃ、駄目か?」  秋在は未だに、石ころを蹴飛ばしながら歩いている。  視線を下に向けたまま、秋在は短く答えた。 「ふぅん」  ――会話終了。  俯きながら小石で遊ぶ秋在を見て、冬総はガンとショックを受ける。 (もしてかして、外したか? 呼んでくれないのか!)  秋在は、究極の気分屋だ。  言葉が少なくて、冬総は秋在と付き合って一年が経過しても、秋在のことを全て理解できているわけではない。  ……だが。 (そんなツレない秋在も大好きだぞ、俺は!)  冬総はあまり、へこたれてはいなかった。  愛情を再認識した後、冬総は普段通り、秋在の家へ向かう。  秋在は小石を思いきり遠くへ蹴飛ばし、そのまま玄関へ向かった。  秋在が家に入った後、冬総も靴を脱いだ。 「お邪魔します」  秋在の両親は平日のこの時間、いつもいない。  それでもそんな挨拶をした後、冬総は秋在の部屋へ向かった。  秋在はなにも言わず、自室へ直行。冬総も当然、ついていく。 (秋在、なにも喋らないな……)  妙な不安感を抱きつつ、冬総は秋在の学習机に収まる椅子に座る。  秋在はやはりなにも言わず、ベッドにストンと腰かけた。 「秋在? えっと、もしかして……怒ってる、のか?」 「怒らせるようなことしたの?」 「してないつもり、です」  椅子から降り、冬総は秋在の前で正座をする。 (この感じは、たぶん怒ってないな。どうしたものか……)  愛称では、呼ばれたい。  しかし、ただ提案しただけでこの態度だ。無理強いはできない。  冬総が頭をひねっていると、不意に。  秋在がポンポンと、自分の隣を叩いた。  ――そして。 「――おいで、フユちゃん」  相変わらずの無表情で、そう呟いた。

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