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運命の月曜日

 すっきりと晴れたらしい三連休最終日の朝陽に目を覚ましたら、司にぎゅむ、と抱き付かれていた。  やっぱり、おかしい気がする。  朝陽に顔を直撃されて眉をしかめながらも、頑固に目を瞑っている司の、髪をサラリと撫でてやりながら、カーテン買わなきゃ、なんてぼんやりと考えてみる。  結構な直撃具合の朝陽にも負けない司の意地もすごいけれど、出来ればもっと、安らかな顔で心地よく眠ってほしい。  眩しいだけの表情ではないだろうことも分かっているけれど。そんな風に何かのせいにして、不安から目を逸らしたいのも事実だ。  章悟の事故の話をしていた頃の不安定な空気がまた、司を包みに来ているような、嫌な予感。  もしも本当に、何かの理由で不安定になっているのだとして。  自惚れていいなら、それはきっと自分のせいなんだろう、なんて。思うのに。 (……不安にさせるようなこと、なんかあったっけなぁ……?)  その原因に、思い当たるフシがないのだ。  気付かないうちに、何かしでかしてしまったのだろうか。  もやもやと思い悩みながらも、手は無意識に、司の滑らかな髪や頬を弄ぶように撫でていて。 「ん……?」  小さく声を漏らした司が、とろりとした目を開けて、ぼんやりとオレを見つめてきた。 「ごめん、起こした?」 「んーん」 「まだ寝てていいよ?」 「ん」 「ごめんね、昨日。結局無茶して。体、辛くない?」 「ん」 「……司?」  起きてるの?  付け足したセリフに、ん、と頷いたのか、頷いていないのか。  頬に触れたままになっていたオレの手に、司の寝ぼけた手が触れて 「もっと」 「ん?」 「それ、きもちぃ」 「--------っ」  とろりとしたままの目が、ほんにゃりと笑う。  ただでさえ寝起きで制御できないのに、そんな顔されたらまた、どこかがズキズキ痛み出すじゃないか、なんて。  思いはしたけれど。  司の身体中に散らばる紅い印が、昨日の自分の無茶な行為を知らしめてきて、思い止まった。 「ホントに司は可愛いね」 「ん」  いつもなら、可愛いって言うな、なんて文句言うくせに、素直にこっくり頷いた司は、ふにゃりと笑ったままで、またスヤスヤと----今度は随分幸せそうな顔で眠ってしまう。 (……どうしたもんかなぁ……)  もっと、とねだったままの司の手をおろしてやって、頭と頬を撫でてやりながら、そっと溜め息を吐いた。 *****  目が覚めたら、颯真の胸の上に上半身ごと乗っかっていて、さすがに驚いた。 「ごめっ、オレっ……重かったんじゃない?」 「だいじょぶ。そんな重くないし、乗っかってきたの、ちょっと前だし。幸せそーに寝てたから、可愛くてずっと見てた」 「っ……ほんっとに気障だねっ」  でも、ホントにごめん、と謝りながら体を起こしたら、さっきまでからかってたはずの目が、心配を浮かべて。  きょとん、と見つめ返したら、同じように体を起こした颯真が、ぽりぽりと何かに悩んでいるみたいに頭をかいた。 「大丈夫? 司」 「何が?」 「何がって……」 「?」  唐突な問いに首を傾げたら、颯真も、うーん、なんて首を捻って。 「何だろ……なんか……分かんないんだけど。……大丈夫かなぁって」 「…………大丈夫、だけど?」 「そう?」  心配そうな顔に、うん、と頷いて見せながら、ゆっくりとベッドから下りる。  心配そうな顔で見守っていた颯真を振り返って、大丈夫だよ、と重ねたら。  とりあえず納得したらしい颯真が、ぴょん、と元気よくベッドから飛び降りて。 「----よし。じゃあ、とりあえず朝ごはんにしよう」 「ん」  身軽に台所へ走る颯真を見送って、少し動くだけでも軋む体を宥めすかしながら、ぎこちなく床に座った。 *****  トーストだけの簡単な朝食を済ませて、サックリ身支度を整えたら、司の手を引いて外へ出た。  遊びに出掛けるということに、ほんの少し戸惑うらしい司の目が揺れるのに気づいて、その頭を優しく叩いてやったら。  恥ずかしがる腕を、はぐれちゃ困るでしょ、と強引に引いた。  疎らだった人波は、公園に近づくごとに増えていて、はぐれちゃ困るが現実味を帯びてきたせいか、渋々ながらに大人しくなった司に、嬉しく笑いかける。 「大丈夫だよ。誰にも見えないって」 「見えるって」 「いいじゃん、見えたって。仲良いな、くらいにしか思われないって」 「……」  モゴモゴ何かを呟いてる司に、にこにこ笑いかけてやって。ホントかなぁ、なんて顔しながら、増えてきた人の数にソワソワしていた司も。  辿り着いた公園に、入ってすぐの場所にある広場の光景に、一瞬、わぁ、と感激の声を上げた。 「すごいね」 「…………ッ、うん」  そっと囁いたつもりだったのに、ハッと我に返ったみたいに驚きの表情でこっちを向いた司が、泣き出しそうな目になったけれど。  その頬を、むに、と摘まんで 「いいから、笑ってなさい」 「…………」 「変でしょ。こんないい天気で、こんないっぱい楽しそうな人がいて、屋台もいっぱいあって、いい匂いまでしてんのに、顰めっ面なんて」 「……」 「変だよ、笑ってなきゃ」 「…………うん」  わしわしと頭を撫でてやったら、零れかけた雫を、ぐい、と強く拭った司が、ぎこちなく笑って頷いたから。 「----誰も」 「……ん?」 「誰も。司が笑ってても、怒ったり傷ついたり、哀しんだりしないから」 「--------ん」 「オレは、嬉しくなるから」 「……」 「笑ってて、司。オレ、それだけで幸せだから」 「ん」  やっと、泣き出しそうな目のままで、自然に唇を緩めた司の手を引いて、人混みに分け入った。 *****  こんなに大勢の人が楽しそうに笑って集まる場所にくるのは、久しぶりだった。  そして何より、こんなに賑やかで清々しい場所で、誰かと----大切で大事な人と一緒に、笑っているだなんて。  戸惑いもあるし、後ろめたいような気持ちだって、正直、ないとは言いきれないけれど。 『笑ってて、司。オレ、それだけで幸せだから』  相変わらず無自覚に気障な颯真が、太陽の下でこれ以上ないくらい真剣な目で、優しく言ってくれたおかげで、ほんの少しだけ心が軽いのも事実だ。  ズラリと並ぶ屋台に目移りしながら、繋いだままの颯真の手のひらが、楽しんでいいよと伝えてくれている気がして。 「--------そうま」 「ん?」 「…………誘ってくれて、ありがと」 「ん」  そっと耳元に告げたら、にこり、と。いつもよりも嬉しそうに幸せそうに笑った颯真が、繋いでいた手の、指を絡めてきて----いわゆる、恋人繋ぎをするから、ほんの少し慌てるけど。 「大丈夫。言ったでしょ。見られたって気にしないって」 「そうま……」 「見せびらかしたっていいよ」  にっこり笑った颯真が、更に強く手を握って。 「行こう。オレ、りんご飴絶対買う」  子供みたいなキラキラした目で笑った颯真が人混みを掻き分けて行くのに、引っ張られるみたいに付いていきながら。 (--------ありがと)  相変わらずの背中に、心のなかでそう呟いていた。 *****  りんご飴にドングリ飴。たまごせんべいに、ベビーカステラ。普段少食を自覚して滅多に買い食いしない司にも、冷やしパインとラムネの食べやすそうなおやつを勧めて。  明るい日差しの中で、遠慮がちに笑っていた司の表情もぐっと和らいできた頃。  くぃ、と。服の裾を引かれて立ち止まる。 「ん? 何?」 「へ? 何が?」 「あれ? 今、服引っ張んなかった?」 「オレ? だって手、塞がってるもん」 「あ、そっか。じゃあ誰……」 「?」  キョトンと2人で立ち止まったら。  随分と低い場所から 「おと、さん」  そんな小さな声が聞こえて、顔を見合わせた後。  キョロキョロと下の方を探す。  くぃ、ともう一度服を引かれて見下ろした先に、涙で目を潤ませた小さな男の子が立っていた。 「あー……迷子?」 「だねぇ」 「おとさん」 「ごめんねぇ、違うんだ。どっから来たの?」 「ぅ……おとさぁぁん」 「あぁぁぁぁぁ、泣かないで~」 「わぁぁぁ、おとさぁぁん」  泣きじゃくる子供をとりあえず宥め賺して、よいっと腕に抱えた。 「大丈夫?」 「ん。司こそ、ごめんね、いっぱい持たせて」 「へーき、こんくらい」  にこりと笑う司の手には、オレの買ったおやつの袋がぶら下がっている。  まだぐしぐしと鼻をすすっている男の子の目を見つめて、もう一度、今度は優しくゆっくり聞いてみる。 「どっちから来たの? お父さんとはいつはぐれちゃった?」 「……あっち」 「あっち?」 「ん」 「お名前は?」 「……しょーた」 「そっか。オレ、颯真ね。こっちが司」 「……そーま」 「ん」  よしよし、とわしわし頭を撫でてやったら、キョトンとしていたしょうたが、弾ける笑顔で笑ってくれる。 「よし、じゃあお父さん探してみよっか。ちょうど向こうが迷子センターみたいだし」  しょうたと司に言ってから、そうだ、と思いついて。  胸に抱いていたしょうたを一度地面に下ろしてから、肩車してやる。 「わっ、大丈夫!?」 「ん、大丈夫大丈夫。オレ、妹がいてさ。昔よく肩車させられて。結構慣れたもんだよ」 「そっか」  心配そうな司の頭をわしわし撫でてやったら、無邪気にはしゃいだ、しょうたの膝をぽんぽん叩いて。 「暴れちゃダメだかんね」 「んっ」 「よし、じゃあお父さんのこと呼んで、お父さんに、しょうたのこと見つけてもらおう。しょうたもお父さんのこと探すんだよ」 「うんっ」 「よし、じゃあ行こっか、司」 「ぁ……うん」  眩しそうにオレとしょうたを見つめて突っ立っていた司に声をかけて、ゆっくりと歩き出す。  きゃあ、と楽しそうに笑ったしょうたの膝を、もう一度軽く叩いてやって、お父さんを捜させながら。 「しょうたのお父さーん」 「おとさぁん」  自分も声を出して探しながら、髪をきゅっと掴むしょうたの、小さな手が、懐かしくて笑ってしまう。 『おにーちゃ、もっとたかくぅ』 『むりだよぉ』 『じゃっ、もっとはやくぅ』 『だから、むりだってばぁ』 『もー、おにーちゃ!』 『ちょっ、いたいってば! かみのけ、つかまないで!!』 『おにーちゃ!!』 『んもー!!』  今ではあの頃の可愛さのカケラもなくなってしまった生意気な妹は、今頃何をしてるんだろうか、なんて。一瞬想いを馳せながら。  右斜め後ろで、同じようにしょうたのお父さんを呼ぶ司を、そっと見つめる。  きっと、司の小さい頃も、今と変わらず可愛かったんだろうなぁ、なんて妙な妄想をしながら。 「おとさぁぁぁん」  一生懸命にお父さんを呼ぶしょうたを励ますように、オレも声を上げるのだった。  結局、10分も探さないうちに、しょうたはお父さんに連れられて、ご機嫌で帰って行った。  優しそうなお父さんに、こっちが恐縮する勢いでお礼を言われて、照れ臭く笑い合っていたら。しょうたが笑って、オレ達に綿アメをくれた。 「いいの? 翔太、食べたいんじゃないの?」 「いーの。かたぐぅま、たのしかった」 「そか」 「そうま、またやってね」 「こら、何言ってんだ、翔太」 「そうだよ翔太。次はお父さんにやってもらいな」 「おとさんね、すぐつかれんの」 「翔太!」  きゃはー、と楽しそうに笑う翔太の頭をぐりぐり撫でて、恥ずかしそうに笑ったお父さんは、去り際に肩車を要求されて困った顔をしながら、軽々と翔太を抱き上げて、肩に載せて去っていった。 「すごいね、お父さん」 「そうだね」 「でも、良かった、見つかって」 「ホントだね」  にこりと笑った司の目が、一瞬揺れたような気がしたけど。 「……颯真ってさ」 「ん?」 「……もしかして、子供、好きなの?」  くるり、と体を反転させながら軽い調子で放たれたそんな台詞に、聞く機会を逃して。 「……んー、まぁ、そうだね。結構好きかも」 「そっか」 「なんで?」 「んーん。なんか、楽しそうな顔、してたから」  こっちを向かないままの司の声が、少し震えているような気がしたけれど。 「颯真って、お母さんみたいって思ってたけど、……お父さんみたい、だったよ」 「……なにそれ、褒めてんの?」 「んー、たぶん?」  からかう声で振り向いた司は、いつも通りに笑っていたから。  何それって笑いながら、司の両腕にぶら下がってた荷物を引き取って、手を繋いだ。 「よし、じゃ行こっか」 「ん」  恥ずかしがらないのが、少し不思議だったのに、嬉しくて。  だから、なんにも言わなかったことを、後悔することになるなんて、思っても見なかった。

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