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ターニングポイント

『しばらく課題で忙しいから、会いに行けないかも。ごめんね』  三連休が終わって、次の週末が近づいてきた頃に、司からそんなメッセージが届いて。  しょんぼりしながら、そうなんだ頑張ってね、なんて精一杯の強がりで返信したのが、もう2週間くらい前のこと。  その間、短いやりとりは何度かしたけれど、ついには既読もつかなくなった。  嫌な予感に哀しくなるくせに、逢えないフラストレーションでイライラして。  何かあったんだろうか。また風邪引いたとか? それとも三連休中に、やっぱりオレは何かしてしまったんだろうか。  そんな風にぐるぐる悩みながら、なんとかバイトをこなして。  悶々と考え込みながら歩いていたら、いつの間にかいつもの公園に来ていた。  いるはずのないベンチをじっと見つめて、溜め息を一つ。  ざりざりと砂を踏んで、ぽすんとベンチに腰掛ける。  見上げた空は、司と初めて出逢った日を彷彿とさせるような、綺麗な茜色で。 (------------もしかして)  別れたいのだろうか、なんて。  思ってしまったのは、この夕陽を見た日のトラウマだろうか。  ぶんぶんと頭を振ったけれど、嫌な想像に気分がどんどん落ち込んでいく。  だって、裏付けるみたいに、司は会いに来てくれなくなったし、メッセージも、読んでさえくれなくなった。  自然消滅を、狙っていると言われてもおかしくない状況だ。 (……司……)  泣きたい気持ちで空を見上げても、少しも慰められない胸の中。 (会いたいなぁ……)  はぁ、と大きな溜め息を吐いて、ぐしゃぐしゃ髪をかき回す。  人生最大、くらいの溜め息をもう一つ吐いたら、重い腰を上げてトボトボ家路に就いた。 *****  お母さんみたいって、いつも思ってた颯真が。  翔太を肩車してこっちを振り向いて笑った時。  本当に唐突に、胸が痛くなった。  まだまだ結婚とか、子供とか、遠い将来だと思ってたことが。  急に現実めいて見えて、苦しくなった。  颯真は、たぶんきっと、絶対。いいお父さんになれるんだろうなぁ、なんて。  思っただけで、泣きたくなった。  男同士のオレ達では、あり得ない未来の絵を、急に見せられたら。  失くすことが恐かったくせに。こんなにもしっくりくる絵には敵わない、なんて、すんなり思ったから不思議で。  自分から手を離す日が来るなんて思わなかったけど、だけど無邪気な翔太を優しく見つめた颯真の、可能性を思ったら、オレなんかと一緒にいたらダメなんじゃないかって。苦しくて苦しくて、死ぬかと思った。  泣きたくなくて強がってる内に、どんどん苦しくなって。  だけど最後のつもりの日差しの下の賑わいを、笑って過ごしたくて。  何度も何度も苦しい息を飲み込んで、哀しい涙を閉じ込めた。  あぁやっぱり。別れなんて、一瞬で訪れるんだ。  だけど、良かったじゃないか。  あの日は、本当に突然、奪い去られたけれど。  今回は、最後にこうやって、笑っていられるのだから。  哀しいだなんて、淋しいだなんて。思っちゃバチが当たる。  ふ、と。吐き出した息と一緒に零れた涙を、颯真に気付かれる前に慌てて拭った手の平も、あの日と違って、朱く濡れたりもしていない。  大丈夫。ちゃんと、離せる。  そっと、今度は慎重に吐き出した息に、気付いた颯真が気遣わしげに大丈夫と聞いてくれた。  大丈夫だよと笑い返したら、ホッとしたみたいに笑ってくれた。  優しくて優しくて。  だからたぶん、オレみたいに男なんかじゃなくてちゃんと、優しくて可愛いオンナノコと----例えば、こないだの女の人みたいな人と。すぐに付き合えるに決まってる。  そしたら、オレは、また。  あの頃みたいに、だけどあの頃よりも幸せな気持ちで、颯真を想って生きて。  忘れられるか分からなくても、いつまでだって忘れられなくても。  きっと、生きていけると。  思ったから。  手を、離した。  司に、会いたいな。  真夜中。  届いたメッセージに泣くほど。  手を離したことを、後悔してるだなんて。  気付いたくせに。  当然描けたはずの颯真の未来を思ったら、またその優しい手を、取れるはずもなくて。  今までと同じように、メッセージの画面を開くことなく、通知アイコンを消した。 ***** (……どうしよっかな……)  じっと。司の家の前で途方に暮れて立ち尽くしていた。  いつまでも既読のつかないメッセージと、降り積もっていく逢えない時間に焦れたとはいえ。  まさか実家に押しかけるなんて大胆な真似を、自分がする日が来るなんてと、呆れて笑ってしまう。----それでも。  本当に、司が。  別れたい、のだとして。  だったらちゃんと、フッてくれないと困るのだ。  フラれたところで、今までみたいに物分かりよくアッサリ見送れるとも思えないけれど。  それにしたってこんなにも適当に、放置されるような浅い関係だったとは思っていないし。  何より司はきっと、そんなタイプじゃない。  何かを迷って考えて、こんな中途半端な状態になってるんじゃないか、なんて。  知った風なことを思いながら、結局は自分が一縷の望みを抱いているだけだということも、理解はしている。 (かっこわる……)  だとしても。  ちゃんと会って話がしたいと。  無駄なコーヒー代を払わせるくらいなら、メールか電話で済ませろよ、なんて思ったくせに、そんな風に思うから。  今更自分の我が儘さに凹みながら。  震える手を、呼び鈴に。  伸ばそうとして 「あら? どちら様?」 「--------ッ!?」  のほほんとした顔で、ふわりと笑った女の人が 「司の、お友達? それとも、もしかして、唯の彼氏かしらっ」  きゃあ、と華やいだ声で笑ったから。  いえ、あのっ、なんてしどろもどろに手を振って。 「つかさのっ……あのっ……つかさっ、いますかっ」  友達、とは言いたくなくて。だけど何て言っていいのかも分からずに。  慌てふためいてそんな風に口走ったら。  相変わらずおっとりした、たぶん司のお母さんが。司と同じように、キョトンと首を傾げる。 「どうかしら。最近、なんだか帰りが遅くって……」 「そう、ですか……」 「上がって待っててちょうだい。連絡してみるから」 「いやっ、そんなっ……あのっ、それは全然っ、いいです」 「あら、そう?」  でも、と呟いたお母さんに、ホントに、と付け足して、ぎこちなく笑ってみせる。 「また、来ます。……今度はちゃんと、司に連絡してから」 「そぉ? ごめんなさいね」  あらぁ、と。頬に手を当てて困った顔で笑ったお母さんにぺこりと頭を下げたら、足早にその場を後にした。 ***** 「あら、司。今日は帰ってたの?」 「ん」  買い物帰りらしい母親にそう声をかけられて、もそもそ頷く。  最近寝不足続きだったせいで、授業中にウトウトした挙げ句、イスから転げ落ちそうになった所を友人に見られて、帰るように言われたのだ。  寝不足の原因は、言うまでもなく颯真とのことだ。自分から手を離したくせに、会いたくて仕方なくて。携帯を睨み付けては、だけど我慢しなきゃと言い聞かせて悶々とする夜が続いている。  母親と話をするのも億劫だなと、思って自室へ向かおうとしたときだ。 「そういえばさっき、司の友達って言う子に会ったわよ」 「……友達?」 「そ。とっても格好いい子だったの。まさか、帰ってるなんて思わなかったから……」 「--------っ、いつっ!? どこで!?」 「ついさっきよ、家の前……」 「--------ッ」 「あ、司!?」  駆けだしたのがどうしてか、なんて。自分でも分からない。  手放したのは自分のはずなのに、どうして走り出したのか、なんて。  ただ、胸を突いた想いに、足が勝手に動いていた。 (--------オレだって、ホントは会いたい)  たぶん、メッセージをずっと無視し続けていたから、家に来たんだと思う。一回送ってくれただけなのに、ちゃんと覚えてくれていたのだろう。  家の外に出て、キョロキョロと辺りを見渡したけれど、颯真の姿は既にどこにもない。 (……颯真……)  会って、どうしたいんだろう。  オレは、颯真に会って、いったい、何を話すつもりなんだろう。  ----だけど。 (…………あいたい……)  目指す場所は、一つしかなかった。 ***** 「----そうまっ」  ぼんやりといつものベンチに座っていたら、愛しくて仕方ない声が聞こえて。  あぁ、会いた過ぎてとうとう幻聴まで、なんて、うっすら笑ったのに。  ざくざく砂を踏む音が近づいてきて、涙目で駆け寄ってきた司の姿に、目が点になった。 「……つかさ……? どうして……」 「さっ、き……きて、たっ……て……」 「ぇ? あ、え? だって、オレ、名乗らなかったのに……」 「おれん、ち……知ってるの……颯真と、……章悟、だけ、だから」  ここまでずっと、走ってきたのだろうか。  息を切らした司が、苦しそうに膝に手をついて切れ切れに言った台詞に、そうなんだ、と呆然と呟いたら。 「ど、したの……」  なんで泣いてるの、と。同じように涙目になってる司が、震える指先で頬に触れてきた。 「ぁ……っ……んで……」 「そうま?」 「なんで、ずっと……ッ……ずっと、無視っ……したくせにッ」 「ごめ」 「なんで……」 「っ」  ぐい、と。変わらない華奢な体を抱き寄せて、細い肩に顔を埋めて、 「わかれったい、ならっ……はっ、きり言えよっ」 「ッ」 「ンで、無視すんのっ」 「そ」 「なんでっ」 「ぁ……」  ぎゅうぎゅう抱き締めたまま文句を言ったら、だって、と怯んだ司が、ぎゅう、と。オレの背中に回した手で、服を握りしめる。 「だって……こわかったんだもん……」 「こわい?」 「オレなんかで、いいのかなって……オレなんかと、付き合ってて、いいのかなって……恐くなったんだよ……」 「どうして」 「そうまはッ……そうまは、きっと……いいお父さんに、なるから」 「……は?」  意外すぎる言葉に、キョトンと顔を上げたら。  青ざめた顔でポタポタ涙を零す司が、苦しそうな目でオレを見つめていた。 「颯真は、……いいお父さんに、なるから」 「なに、いって……」  同じことを繰り返した司が、ひく、と喉を震わせる。 「……知ってるんだ、オレ」 「何を?」 「大事な物は--------、一瞬で、失くなるって」 「何、言って……」 「だから、ずっと、恐かった。……だけど……失くすより先に、気付いたんだ」 「何に……」 「そうまに、ちゃんと、返さなきゃって」 「な、に……」 「--------お父さんに、なる未来」 「----ッ」  ボタボタ泣き続けてるくせに、華やかに笑う司を呆然と見つめながら。  湧き上がるのは、恐いくらいの哀しみと、----怒りだ。 「----どうして?」 「……」 「オレは? オレの気持ちは、どうなんの?」  怒りに震えた声で、呻くみたいに呟いたら。  司は、初めて気付いたみたいな驚いた顔をしたから。  ----止められなくなった。 「オレの気持ちは、どうなんの? オレは司が好きなんだよ?」 「……ぁ」 「ねぇ司。いつになったら、オレの気持ち分かってくれんの? オレは司が好きなんだよ?」 「っ、でもっ」 「でもじゃない! オレは、司が! 好きなんだって! 何回言えば分かんの!!」 「ぁ……」 「勝手に! オレの気持ち片付けんなよッ!!」 「----っ」  怒り任せに叫んだ台詞に、今まで見たことないような怯えた顔で体を縮めた司を、だけど赦せなくて睨み付ける。 「なんだよお父さんて! 勝手なこと言うなよッ!!」  ぎゅっと、体を強張らせて怯んだ司を、優しく助けてやることは、さすがに出来なくて。 「いいのかよ司はそれでッ! オレがっ……オレが司とっ……別れることになって! いいのかよ!!」 「--------っ」  ぶわっと。また大粒の涙を流しながら、喘ぐように苦しげに息を吸ったり吐いたりする司が、顔を左右に振りながら、両手で頭を抱える。 「ぃ、やだけどぉ」 「ならなんでッ!!」 「って……ッ……だってっ!!」  言葉に詰まってしゃがみ込んだ司を。  抱き締めてやりたいのに、上手く優しくなれない自分がいる。 「こわいんだもん……」 「……なにが」 「……思い出したんだ……----章悟は……っ……突然、いなくなった」 「……」 「幸せって、すぐ壊れんだって……どんだけ大事でも、……呆気なくどっかいっちゃうって……思い出したんだ……」 「……」 「そうまが……いつか……突然、いなくなったら……オレ、もう……ホントに……」  言い淀んで唇を噛む、真っ青な顔した司を、優しく抱き締めてやればいいと、----分かっているのに。 「だから? 別れたらいいって?」 「ッ」  平坦で、嘲笑うみたいな声が出て。  ギクリと体を強張らせた司を、----睨むしか出来ないオレは。  止まれと強く言い聞かせるオレ自身の声を無視して、涙を拭うこともせずに、怯えた司を真っ直ぐに見据えた。 「逃げんなよ」 「----ッ」 「いつまで逃げてんだよ! ----司は! じゃあ司は!! いつ幸せになんの!! オレは! オレは司のこと好きで大好きでっ、幸せにしたいって、ずっと思ってんのに!! いつまでオレから逃げる気なの!!」 「に、げて、なんか……」 「逃げてるよ!! 逃げてるんだよ!! 一生いなくならないなんて、誰にも保証できないのに!! いつまで逃げてんの!!」 「ぃゃ……」 「司は!! いつになったら!! オレのこと信じんの!!」 「や……」 「司は!! いつまで!! いつまで章悟に囚われてんの!!」 「----ッ」  怒り任せの一息で、オレはいったい、何を傷つけたんだろう。  司の顔は、青を通り越して真っ白だ。  引き結ばれた唇と。  真っ直ぐにオレを、見つめたままで何も映さない瞳から流れる、透明な雫。  だけど。  怒りに目が眩んだままのオレは、何を取り繕えもせずに。 「……信じてよ、司。……いい加減、オレのこと」  哀しく呟くことしかできなかった。 *****  あの日あの後、どうやって家に帰ったのか、覚えていない。  逃げるなよと怒りながら泣いていた颯真と、いつどんな風に、どんな結果を選んだのかさえ、覚えていなくて。  ただ、震える体で家に帰って、家族の声に適当に返事をして自室に逃げ込んだら、布団にくるまって怯えていた。  あんな風に颯真が、本気で怒ったのは初めてで。あんな風に颯真が、手放しで泣いたのも初めてで。オレを、優しく抱き締めて慰めてくれなかったのも、初めてのことだった。  随分甘やかされていたんだなと、改めて思い知らされて、優しいはずの颯真を、あんな風に怒らせてしまった自分を、責めるしかない。 (…………きっと、傷つけた……)  いつまで章悟に囚われてるのと、放った颯真の顔は、酷く傷ついた顔をしていた。  あんな風に泣いて怒るほどに酷いことを言ったのだと、今なら自分にも分かる。  颯真に未来を返してあげるだなんて、綺麗事だったんだと、自分の愚かさを呪うしかない。  颯真の言う通り、逃げていたのだ、ずっと。  いつ失くすかしれない恐怖に抗えずに、大事で大切な人を、失くす前に手放すだなんて。そうしたら少なくとも、突然失うよりも傷つかない、だなんて。  なんて愚かで、自分勝手なんだろう。 『勝手に! オレの気持ち片付けんなよッ!!』  叫ぶ颯真の声が、今も耳に痛い。  あれ以来、颯真からのメッセージは、勿論来ていない。  自分からは、恐くて送れもしない。  情けなくて、情けなくて。  布団の中で丸くなって膝を抱える自分を呪っていた。 ***** (あー……最っ悪だ……)  何やってんだよオレは、と。一人の部屋で頭を抱える。  散々思いつくままに怒鳴り散らした後、紙みたいに真っ白い顔でフラフラと帰って行った司を。  最後まで見送りもせずに、自分も家に帰った。  司の言葉に傷ついたとはいえ、司の過去を知っている自分が、あんな風に怒ってしまったら。  司の抱える恐怖を、誰が優しく包んでやれるんだよと、自分の未熟さを罵りながら。 (だけど、司だって……)  酷いよと、小さく愚痴る。  だってそうだ。  ずっと傍にいるよ、なんて、簡単でお手軽な台詞を、どうでも良かった元カノ達に、促されるままで囁けた頃とは、訳が違う。  突然奪われて、失くした過去(愛)を、いつまでも胸に抱える司に、そんなことを軽々しく、誓えるはずがないのに。  だけど信じてもらうための言葉を封じられて、態度で示していたはずのものを全て、否定されたみたいに思えたのだ。  衝動任せの言葉は、だからこそ真実で、心の底からの本音だ。  いつまで囚われてるの、だなんて。  怒りに任せてでもなければ、永遠に言葉に出来ない、女々しい嫉妬の塊みたいな台詞だった。 (……どうしよう……)  自分から歩み寄らなければ、きっともう二度と、元には戻らない愛おしくて儚い関係。  だけど、今回のはさすがに、自分でも勇気が出ない。 (…………司……)  それでもやっぱり大好きなんだよと、今更取り繕って、受け入れてくれるのだろうかと。  不安の塊を飲み込んで、布団に潜り込んだ。 ***** 『司』  笑う愛しい声。  振り向いた先で、優しい笑顔の章悟が。  いきなり、車に撥ねられた。  記憶と違うシーンに、だけど記憶通りに心が割れる。 『章悟!!』  何度見た夢だろう。  繰り返される、文字通りの悪夢。  なのに。 『どうして、司』 『………………そ、うま……?』 『いつまで、……とらわれてるの』  横たわる、血まみれの、颯真が。  哀しく呟くから。 『----ッ、颯真!!』  震える手も声も足も、間に合わないと、----知っている。  力を失って喋ることをやめた唇が、色を失っていくのを、呆然と見つめることしかない無力を、----オレは、知っている。 『そぉまぁぁぁ!!』  叫ぶ声。  どうせ嗄れても3日で戻る。  壊れてもいつの間にか直る世界が、オレを取り巻いてる。 『そぉま!! そぉま!!』  なのに。  どんなに冷めた自分に諭されても、叫ばずにいられない。 『還ってきて、そぉま!!』  大好きだから。  愛してるから。  もう、絶対。  自分から諦めたりしないから。 『還して!!』  この手に。 『還してよぉ!!』  ボタボタと流れる涙を、拭ってくれた優しい手の平。  大丈夫だよと、あやすように囁いて優しく微笑う唇。  泣いていいよと背中に手を回してくれた、あったかい体。  失くせないと、知っていた。  もう二度と失くしたくないと、知っていたのに。  不意打ちで蘇った失う恐怖が、全てを覆い隠した時から、目を逸らしていた。  一生いなくならないなんて、誰にも保証できないのに。  そうだ。オレは失くさないと理解できなかった正論を、颯真は失くさなくても理解していた。  それでも、傍にいてくれたのに。 「--------颯真!!」  求める悲鳴で目が覚めて、顔を濡らす滝のような涙を、止められずに。 「そうま……」  失っていない世界に戻って来られたことに----安心して、また泣いた。 *****  今日こそもう一度、ちゃんと会って話をしようと。  ドキドキしながら送ったメッセージに。  今までのメッセージも含めて全部、既読がついて。泣きたいくらいに安堵した。  オレも、ちゃんと会いたい。  そんな風なメッセージが、躊躇うみたいに入ってきたのを。  見たらホントに泣けてきて。  慌ててぐいぐい目元を擦っていたら、 「あー!! そーま!!」 「へ?」  道路を挟んだ向こうで、元気よくぶんぶん手を振った小さな子供が、隣で手を繋いでいたお父さんらしき人の手を振り切って、ポテポテと走ってくる。 「あっ、コラ、翔太!!」  聞き覚えのある声に、あぁやっぱりと、笑って会釈しようとして 「待ちなさい翔太!!」  焦った声に気付いたのは、翔太の走ってこようとする道が、赤信号だと言うことと。  大型の、バイクが。  横断歩道に、入ってくるところで。 「----っ、戻れ翔太!!」  気付いて走り出したオレと、お父さんと。 (----あぁ、だから言ったのに……)  助けたいと思うことに、理屈なんてないって。  想像でしかなかった章悟の。  あの日の行動は。  だけどオレの予想通りで、大正解じゃないかと、----嗤うしかなかった。

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