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香る一夜
普段移動と言えば車と決めている斎藤はそれを心底後悔していた。
メモを取るな、覚えろというマスターの言葉の後にすらすらと流れるように話された謎の店への行き方。
「いいですか?
鷹ノ子駅で降りたら線路脇に細い道があります。
その道を駅とは反対方向に真っ直ぐ進み、突き当りを左へ、
煙草屋の看板を右に見ながらしばらく進み、
自転車屋が見えてきたらその角を左、
自動販売機が3台並んでいる道に出たら自動販売機とマンションの間の細い路地を真っ直ぐ。
そこまで行けば後は導かれるはずです」
マスターが話し終えニコリと笑った時点でもう辿り着ける自信はなかった………
「煙草屋と自転車屋はクリア、
自動販売機がなんだっけ…」
ここまで来るのにかれこれ1時間半は余裕で過ぎていた。
普段1時間もウロウロと歩き回ることがない斎藤はふくらはぎを揉みながらため息をついた。
自転車屋を右だったか、いや、自動販売機が3台並んでるところに来ているんだから合ってるはずだ。
が、自動販売機と隣に建っているマンションの間に道がないのだ。
「確かにここだよなぁ…?」
背広の胸ポケットからマスターに貰った紹介状を取り出してみる。
紹介状ですと渡されたのは押し花のしおりで、裏も表も同じ花だ。
これが紹介状?と訝しげにひっくり返しながら眺めている斎藤にマスターが笑う。
「信じていない方ほど驚く様も見物でしょうね、ご一緒できないのが残念です」
物腰の柔らかいマスターだと思っていたが、中身はそうではないらしい。
斎藤は大袈裟に肩を竦めてみせた。
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