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香る一夜
脱衣場で紫音の腰から手を離すと斎藤はまず自分の服に手を掛けた。
背広を脱ごうとすると紫音が後ろに回り背広を受け取ると脱衣場のハンガーに掛けてくれ、スラックスも同じように気を遣ってくれる。
ネクタイを外しワイシャツの襟から抜くと紫音が視線を下に向けた。
ワイシャツのボタンを外しながら斎藤の手が紫音の顎に触れ、くいと押し上げまた上を向かせた。
「キスは?してもいい?」
「…………はい」
「深いキスもいい?」
「……………………はい」
ちゅと音を立て軽いキスを唇に落とすと紫音の目がまた大きく開かれる。
「キス、好き?」
「聞かないで、ください」
ワイシャツを腕から抜くとすかさず紫音が受け取りスーツのとは別のハンガーにネクタイと一緒に掛けてくれる。
下着1枚になった斎藤がハンガーを掛けて終わった紫音を後ろから抱きしめ、服の裾から手を入れた。
「ちょ、っと待ってください」
「何?」
「あなた、本当に初めてですか?
抵抗がなさすぎじゃないですか」
「行為は知らないこともあるだろうけど、
こういうイチャイチャ?なら、男も女も関係ないだろ?
触りたい、キスしたい、甘やかしたい、とか」
「やめてください」
「イチャイチャするの嫌い?」
「…………慣れてないんです」
その言葉にカチリとストップがかかったように斎藤は動きを止めた。
慌てたように紫音が斎藤に向き直る。
「ちがっ、初めてという意味ではなくて」
「うん」
「こ、恋人のようなこういう触れ合いが、という意味です」
目の前にいるこの人は本当に先程店で出迎えてくれた店主だろうか。
妖艶で年齢不詳で性別までも不詳に見え、
何が起こっても流してしまいそうな静の人物に思えたが。
今斎藤の前にいるのはまるで処女のように服を脱ぐのさえ戸惑い、軽いキスにも目を見開く純情な若者にしか見えない。
恋愛の駆け引きや嫉妬や束縛、打算や妥協もありでこれまで付き合ってきた女性たちとはまるで違った。
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