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迷う二夜
店の中は以前訪れた時のままで、まるで時が止まっていたかのようだ。
紫音は店を素通りし、奥の部屋へのカーテンを開きながら斎藤を振り返る。
少しの期待を胸に斎藤は促されるままカーテンをくぐる。
アロマオイルの匂いだろうか、花の香りがふわりと漂う奥の部屋。
真新しいベージュの革張りのソファに導かれ腰を降ろすと、紫音は何も言わずこじんまりとしたキッチンカウンターから冷酒とグラスを持って戻ってきた。
トクトクと音を立て注がれた冷酒を口に含むと梅の香りが鼻から抜けた。
「旨い、梅酒か」
ニコリと微笑んだ紫音が自分の前に置いたグラスに酒を注ぎ、両手でグラスを持ちくいと飲み干す。
「………斎藤様」
名前を呼ばれた斎藤が違和感を感じながらも紫音の方を向く。
「今日でここを訪れるのは最後にして下さい」
「え…………」
「勘違いさせてしまっていたのでしたら申し訳ございません。
私は斎藤様とお付き合いできるほどの人間ではありません」
部屋の温度が一気に下がった気がして斎藤はぶるっと身体を震わせる。
「斎藤様が……少々私にお気持ちがあるように感じましたので」
失礼な事を申しました、と頭を下げる紫音を斎藤は言葉もなくただ見つめた。
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