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迷う二夜
「私は元々そういう人間です。
これまでも数え切れないほどの方と夜を過ごして参りました。
ご心配なく。
定期的に検査はしております、病気などは持っておりません」
マネキンのように温度の感じない表情で紫音が淡々と語るのを斎藤はただただ黙ったまま見ている。
「私は……ある方を探しております。
斎藤様がその方に繋がる可能性があるかと思いお誘いしましたが、どうやら私の早とちりだったようです。
ですので、これ以上斎藤様と関係を持つ必要がございません。
先日の事は野良猫に噛まれたとでもお思いになりお忘れください」
紫音が手のひらを斎藤に差し出す。
白い手首が現れ、青緑の透けて見える血管に、あぁ、確かに紫音だと実感した自分に斎藤が微かに笑った。
「しおりを…」
返せ、ということか。
胸ポケットからしおりを取り出したが、紫音の手に乗せられない。
終わりだ、と言われたのに。
最初から何も始まっていなかったと期待も可能性すらも捨てられたのに。
それでもしおりを返してしまえばほんの僅かな繋がりさえも無くなってしまうようで、
最初の日の記憶すら奪われそうで。
「もらっちゃだめかな…」
「斎藤様」
「持ってるだけだから」
「忘れてください、と先程申しました」
忘れられる訳がない。
匂いも感触も声も、まだ自分の中に色濃く残っているのに。
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