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迷う二夜

紫音の店を訪れてから一週間後の金曜日、もう習慣になってしまったことに少々項垂れながら斎藤はバーの入り口を潜った。 「いらっしゃいませ、斎藤様」 マスターの笑顔も先週と何も変わらない。 「今夜はいつもより遅いですね、諦めたんですか」 からかいを含んだマスターの物言いにも苦笑いを返すだけで反論もできない。 いつもと違う斎藤にマスターはそれ以上追求せず、しばらくすると注文をしていない斎藤の前にグラスを差し出した。 カクテルグラスの中はフローズンドリンクのような白いかき氷が見える。 「これは?」 「フローズンマルガリータです」 次の飲み物の準備をしながらマスターが答える。 「カクテル言葉をご存知ですか? フローズンマルガリータは元気を出して」 何も言わずとも失恋がバレたのか。 斎藤は再度苦笑いをしながらグラスを傾けた。

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