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迷う二夜
「あくまでも噂ですよ」
マスターはそう前置きすると斎藤の方に身体ごと傾けてきた。
「店主は名前を語りません。
聞いても答えません。
それはあの自動販売機とマンションの場所で店主の名前を告げれば導かれるから、とどなたかが昔話してました。
だから、特別な方にしか名前を明かさない、と」
私も聞いても教えてもらえませんでしたよ、とマスターは苦笑いした。
混乱。
今の自分の気持ちを表すなら、それだった。
まるで意味がわからない。
あの日紫音は特別戸惑う風でもなく、自分に名前を告げた。
酒を飲む訳でもなく、チェスやオセロをする訳でもなく、
一緒に風呂に入り、セックスをした。
ここまでなら自分は[当たり]だと思える。
が、先週斎藤はきっぱりと振られたのだ。
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