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迷う二夜
「忘れろ、来るな、それをそのまま受け取るなんて無粋と言わずに何て言うんですか」
「は?」
「中学生ですか………」
マスターは今まで見たこともない、憐れむような顔で斎藤を見ると深いため息をついた。
「直接話して来られたらどうです?」
「いや、でも…」
「忘れろ、そう言われて馬鹿正直に忘れるんですか?」
言い方がきつくないか?
斎藤は頭をガリガリと掻くと項に手を当て頭を下げた。
「店主の名前を知っているんですよね?」
元の口調に戻ったマスターに斎藤が顔を上げるとマスターはニコリと笑った。
「あの場所で名前を呼んでみたらいかがですか?」
名前………
そうだ!
斎藤が派手な音を立てて椅子から立ち上がるとマスターが斎藤のグラスを下げた。
「本日のお代は結構です。
大変面白いお話を聞かせていただきましたので、それで」
「ありがとう、マスター!」
斎藤は急いで店を出るとタクシーの走っていそうな通りを目指して走り出した。
紫音、紫音。
まじないのように焦がれる人の名前を胸の中で繰り返し呼びながら。
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