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迷う二夜
タクシーで最寄り駅まで行くと、もう何度となく通った紫音の店を脇芽も振らず目指す。
息を切らし、自動販売機が3台並び、そびえ建つマンションのあの場所まで来ると、深く息を吐く。
そうだ。
先週自分は意図せずここで紫音の名前を呼んだ。
呼んだ直後あの道が現れたんだ。
「紫音……」
胸がドクンと音を立てた。
「紫音、会いたい………紫音!」
壁があるだけの目の前から急に下から巻き上げるような風が吹いた。
思わず閉じてしまった目を開けるとそこには先週と同じようにあの細い道が現れていた。
暗い闇の中に進みながら斎藤が思い浮かべるのはただ一人。
満開ではなく咲き始めの花のような控えめな香りを纏い、透き通るような白い肌をじゅわと染めたかと思えば、
散る間際を知らせるように濃く香り、五感全てを奪い虜にするほど妖艶な振る舞いをする。
何も知らない。
それでも惹かれた。
いや、だから惹かれたのか。
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