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迷う二夜

もしかしたら店自体が消えているかもしれない。 これまでと同じようにぼんやりと現れた店に斎藤が危惧した事態は起こらなかったとホッとしたのと入れ替わりに極度の緊張が斎藤を襲う。 呼び鈴を押し、それが音を発したことにまた僅かに安堵し、渇ききった喉を潤すように無理やりに唾を飲み込む。 このまま出て来てはくれないのではないかと思い始めた頃、ドアがゆっくりと開いた。 「紫音」 「何故来たんです」 被せるようにして発せられた言葉はある意味予想していた物だった。 来るなと言われたのに、のこのこと来てしまっている。 「ごめん」 斎藤が謝罪の言葉を口にすると、紫音が驚いたように顔を上げた。 慌てて睨むように斎藤を見据え、一瞬戸惑った後口を開く。 「忘れてください、と申しました」 「うん、言われた、ごめん」 また謝った後、紫音が口を開く前に斎藤が続ける。 「言われたけど、無理だ」 斎藤の手が紫音の顎にそっと触れる。 「こないだ来た時に言うべきだった」 紫音の頬に手を広げ顔を包むようにすると濡れて揺れる目で斎藤を見上げる紫音を綺麗だと思った。 「紫音が好きだ。 だから忘れることは出来ない」 内臓が震えた気がした。 好きだと伝えることを怖いと思ったことはなかった。 一刀両断されたら、と思うと足が竦む。 紫音の唇が動くのを待っているのに、動かないでくれと願う自分もいる。 紫音の頬の温もりに自分の手が酷く冷えていたことに気付いた時、紫音が動いた。

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