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迷う二夜
初めて会ったあの日。
斎藤は紫音の寝顔を眺め、髪を弄り、頬にキスをし、紫音が目を覚ますのをしばらくの間待っていたのだ。
すうすうと気持ち良さそうに眠る紫音を起こすのは偲びなく、かと言ってこのまま泊まってしまうのも気が引けた。
脱衣場で着替えを済ませ出て来ても紫音はまだ起きない。
何か次に繋がる物を残せないかと思っていたところでキッチンのカウンターに紫音に渡した自分の名刺が目についた。
名刺の裏にプライベートな携帯番号を書き、それをベッドサイドのテーブルに置き、
ベッドの上で丸く眠る猫のような紫音の髪と頬に触れ、キスをしてから店を出たのだ。
もしかしたら、と期待した感情はずっと放ったらかしにされてしまったけれど。
「………わかりにくいんですよ」
「それで拗ねてたの?」
「すっ、拗ねてなんか」
一気に耳まで赤く染まった紫音に思わず噴き出す。
こんな可愛い拗ね方もあるのか。
拗ねてるとこが可愛いと思ったことなんてこれまでなかった。
ただ面倒くさくて、喧嘩になるのはもっと面倒くさいから機嫌を取る。
これまではそうだった。
たが、今は、紫音に対しては全く違う。
可愛くて愛しくてもっと拗ねさせてみたいとすら思う。
「笑うことないでしょ」
また拗ねたような口調で独り言のように呟いた紫音が下を向きながら顔を背ける。
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