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強請る三夜
わかったことは2つ。
自分の父親は生きていること。
そして恐らく有名な人だということ。
子供の紫音が考えついたのは当たり前といえばそうで、よく訪問に来ているあの議員のことだった。
あの人が僕のお父さんなの?
来るといつも僕に声をかけてくれる優しい人。
あの人がお父さんなら、嬉しいな…
でもなんで僕を捨てたんだろう。
誰かに聞ける訳もなく、謎は深まるばかりで、紫音は一人でぼんやりと考え過ごすことが増えていった。
やがて訪れたみなこ先生の退職日。
皆と涙の別れを惜しみ尽くし少し疲れた様子のみなこ先生は一人離れた場所で膝を抱える紫音のところにやってくるといつものように髪を撫でてから隣に腰を降ろした。
「紫音、また会いにくるからね」
みなこ先生の笑顔に紫音は上手く言葉を発せなかった。
お疲れ様でした、と今まで誰よりも優しくしてくれてありがとう、と準備していた言葉、そのどれもが口に出せなかった。
「………………行かないで」
出てきた小さな小さな声で告げた言葉は準備していた言葉とは真逆で、その言葉に紫音自身驚き、訂正するようにゆるゆると首を振る紫音をみなこ先生は優しく腕の中に引き寄せた。
「紫音、それが本当の思いなのね……そっちの方がずっと嬉しいわ、ありがとう…」
見つけられた時と同じように声も出さず泣く紫音をみなこ先生はずっと抱き締めてくれた。
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