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強請る三夜

退職してからも約束した通りみなこ先生は度々紫音の様子を見に施設に顔を出した。 それは紫音が18歳になり、施設を出て行くまで続いた。 紫音が施設を出て行く日、今度は私が見送る番ね、とさらに深くなった皺のある優しい顔を綻ばせみなこ先生が言った。 門の外まで一人見送りに出てきてくれたみなこ先生を振り返り、この日まで誰にも話せず仕舞い込んでいた質問を紫音は震える手を背中に回し口にした。 「僕の…お父さんて誰?お母さんは?」 一瞬大きく見開かれた目はすぐにいつものように優しく垂れ、震えているのを初めからわかっていたとでも言うようにみなこ先生の手が紫音の手を握った。 しわしわの小さく細い指が宝物を扱うように紫音の手を撫でる。 「そうよね………気にならない訳ないわよね」 でもね、と優しい声が続く。 「紫音、本当のところは誰もわからないのよ。知らなくていいこともある。知ればあなたが辛い思いをするかもしれない。私はそんな予感がするのよ……」 本当にこの人は全身が慈しみでできているようだ。 撫でる手を止めないままみなこ先生が笑う。 「紫音、あなたが知りたいと望むのならその手助けを私にさせてちょうだい。あなたは私の最後の子。私が生きていられる間は…私の子供でいてちょうだい…」 しわしわの優しい手を握り返しながら紫音はまた声も出さず涙を溢した。

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