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強請る三夜
みなこ先生が逝ったのは庭の木蓮が大きな白い花弁を散らす頃だった。
近所の人や施設の先生や子供たち、息子夫婦、たくさんの人たちに見送られ愛された人が天に帰る。
紫音はほとんど残らなかった、それでもかろうじて形を残した骨を一つ貰った。
小さなコルク瓶に入れ、大切に大切にいつも持ち歩いた。
明義はそこそこに有名な建築家だった。
みなこ先生の言わば遺言のような言葉を明義は馬鹿にしたりもせず、紫音の望むように改築を快く請け負い、以前と変わらず日々の生活も恵美と一緒に嫌な顔一つせず面倒を見てくれた。
いずれ政界の仕事に関わりたいと言った紫音に知り合いという知り合いを当たり、底辺ではあるが関係者と繋いでくれた。
紫音はその頃から高級な飲み屋が多く集まるすぐ近くの花屋で働くようになった。
誕生日やら何かのお祝いやらちょっとしたプレゼントやら花がよく売れる。
高級そうなスーツを着た太った客にもホストのような偉そうな若い男にも、紫音はいつも笑顔を浮かべ接した。
やがてその界隈で噂が広がり始める。
花屋に見目麗しい男がいる、と。
噂を聞き付け花は買わないのに紫音を見るためだけに現れる野次馬のような人も出始めた頃、紫音は出逢ってしまう。
初めて欲しいと望んでしまう男と。
その男が、出逢わなかったんだ、と一度は諦めた男が、今後ろから自分を抱き締めている。
斎藤の顔を見上げるようにして見た紫音がふふっと笑うと斎藤が首を傾げた。
「少し昔を思い出して…」
「何?面白いこと?」
「ええ、とっても」
「教えてくれないの?」
「……内緒です」
まだ、ね。
このままあなたが私に夢中でいてくれるなら、そのうち教えてあげてもいいですよ。
そういって微笑む紫音に斎藤も笑う。
「それなら大丈夫。ずっと夢中だから」
普通に言ってのける斎藤の鼻を紫音が摘んだ。
「その軽い口でこれまで何人口説いてきたんですか」
「紫音が初めてだけど」
きょとんとした顔で答える斎藤に紫音の頬がじゅわっと赤く染まった。
「あ、なたの言うことは信じにくいんです!」
「心外だなぁ」
クスクスと笑う声が首筋を擽る。
唇が項を這い、腹に回されていた手がゆるゆると上がってくる。
その手を止めるあまのじゃくな紫音の唇を斎藤が塞ぐ。
その唇も手も紫音を甘やかすためにあるのだ。
紫音がそう思ってしまうほどその夜の斎藤はどこまでも甘く紫音を蕩けさせた。
強請る三夜 終幕
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