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蘇る四夜

繁華街の花屋で働き始め、紫音の顔を見にくるだけの冷やかし客が出始めた頃、水曜日の夜にだけ花屋の前を何度か通る男がいることに気付く。 人の顔と名前を覚えるのは得意だった。 眼鏡や黒子、しゃべり方、手癖、小さな特徴を覚え、それを告げ微笑みかけると何故か皆嬉しそうにそして照れつつ喜び、足繁く通ってくれる。 例え花一輪でも売り上げには違いない。 いかにも金のなさそうな男にも金遣いの荒そうな派手な女にも老人にも紫音は区別せず同じように接する。 水曜日の男は一人の時が多かったが、時折そういう女を腕に絡めている事もあった。 困り顔で傍らの女に笑い話し掛ける。 夜でも賑やかな街で、男の声など耳が拾える訳もない。それなのに、あの男の声を聞きたいと思った。 品の良さそうなスーツを着て、癖毛なのかパーマなのか、うねる髪を整髪料で散らしている。 ネクタイは青系が好きみたいだ。ストライプも好き。 黒い革靴はいつもピカピカで夜の街のきらびやかなネオンを映していた。 一目惚れ。 誰かを好きになったことのなかった紫音は自分が今まさにそれに落ちたことすら気付かない。 平日が休みだった紫音は店長に水曜日以外の休みをお願いした。 見た目は……整ってはいる。 でも言ってしまえば普通。至って普通の男だ。 特別背が高い訳でもなく、芸能人のようなオーラがある風でもない。ましてや会話すらしたこともない。 そんなどこにでもいるような男が何故これほど気になるのか、わざわざ休みを変えてもらってまで、そこまでしなくても。 そうは思うのに、紫音は毎週水曜日を待ち、店の前をただ通り過ぎるあの男を見るために他の日を潰すように過ごした。

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