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蘇る四夜
「すみません」
入り口で声がかかり、紫音が奥の作業台から出て行ってみると、そこには水曜日の男がすまなそうな表情で紫音を見、会釈をした。
「あの、すみませんが、タクシーを呼んでもらえないでしょうか。連れが…」
言いかけ、水曜日の男が後ろを振り返る。
店の入り口に凭れかかるようにして項垂れる派手な服装の女。
「だいぶ酔われてます?」
紫音の問いに男がこちらを向いた。
整えすぎていない凛々しい眉の下のくっきりとした二重の目が紫音を映す。
問いには答えず、水曜日の男はしばらく紫音をじっと見つめていた。
「失礼。とても美しい方なので思わず」
ふっと息を漏らしながら言われた言葉に紫音は頬が熱くなるのを感じ、慌てて顔を反らす。
これまでこれ以上に褒め称えられたこともあるのに、照れたことなどなかったのに、今何故これほどまでに心を揺さぶられるのか…
「飲んだ量はわからないんだが、恐らくかなりの量飲んでそうなんだ」
紫音は店の電話を持ち、馴染みの個人タクシーの運転手の番号を押した。
かなりの年配の運転手は紫音がここに勤め始めた頃からの常連さんで、ほぼ毎日のように家で待つ奥さんに一輪のかすみ草を買っていく。
かすみ草の花言葉は感謝。支えてくれる奥さんに、としわがれた声で笑うその人が紫音は好きだった。
「もしもし、たかさん?紫音です。今近くにいますか?」
『おお、紫音ちゃんかい。そっちら辺に戻ってるとこだよ』
いつものしわがれた声に笑ってしまいながら紫音は酔っ払いの乗車を頼む。
いいよ、と快く返ってきた返事を水曜日の男に伝えると、その男がほっとしたように顔を綻ばせた。
かすみ草とピンクのガーベラで小さな花束を作りながらたかさんを待つ。
水曜日の男はそんな紫音をずっと見つめていた。
「……なんですか」
「いや、器用にするもんだなぁと」
慣れです、と愛想もなしに言い捨てる紫音に、水曜日の男がくっと笑いを溢した。
「花が好きなんだろう?あなたの手はそう言っている」
仕事ですから、とまたそっけなく答えた時、タクシーが店の前に止まった。
出てきたたかさんがもはや寝落ちかけている女に声を掛けている。
出来上がったばかりの花束をたかさんに礼だと渡すと、いつものように眉も目も下げに下げ、嬉しそうに笑った。
水曜日の男が女を横抱きに抱き上げ後部座席に乗せる。
見たくなくて視線を外した。
なんだろう、今夜の自分はなんだかおかしい。
何故こんなに胸がざわざわするのだろう。
……落ち着かない。
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