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蘇る四夜
「もう閉店?」
「……はい」
どんな客にも笑みを浮かべて接客する。
その当たり前がこの男には出来ない。
強張った顔のまま紫音は短く答えた。
「担当が変わっちゃって来れなくて。ずっと来たかったんだけど」
シャッターの下で座り、紫音に向かってそう言った男は申し訳なさそうに眉をさげる。
「あ、これお土産」
シャッターの下から差し出された手のひらに何かが乗っている。
動かないと思った脚が動き、戸惑いつつ男に近づく。
「甘いの好き?」
外を走る車のライトが男の顔を照らす。
その目に紫音を映して。
手のひらに乗せられていたのは個包装された一枚のクッキー。
それがニ枚紫音の手に渡される。
美味しかったからくすねて来たんだ、と笑う子供のような顔に泣きそうになった。
この男が欲しい。
この男の全てが欲しい。
望まずにはいられない。
もっと知りたい。
名前は。好きなたべものは。好きな言葉は。
好きな…人は。
誰かを好きになるってこんなに苦しいものなのか。
胸が潰れそうだ。
それは手に入らないとわかっているからなのか。
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