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揺れる五夜

互いにシャワーを済ませ、帰る為に着替える笹本の背中に紫音が手を伸ばした。 「私の…私だけの人になってくれませんか」 「え?」 振り向いた笹本の驚いた表情に紫音は戸惑いを隠しつつさらに口を開く。 「あなたが……欲しくなりました」 「紫音……約束を違えるの?」 まるで全てを見通しているかのように笹本は紫音の髪に手をやり出逢ったころより随分伸びた毛先を弄った。 「何が望み?言ってごらん」 いつものように優しい声がさらに胸に痛い。 「あなたより……上の方を、どなたかご紹介ください」 「それは……仕事を?それとも」 「両方です…」 もう誰にも抱かれない。 もう、こんな思いをするのはたくさんだ。 そういう男だと思われ出逢い始まったのだ。 最後までそういう男であるのがせめてものはなむけだろう。 「紫音……恋人に嘘をつくの?今、君と俺は恋人だろう?去勢を張らなくてもいい、俺は君を、君だから愛してるんだから」 頬を撫でられ笹本を見上げる紫音の目からポロッと涙が溢れた。 「あなたを……これ以上好きになりたくないんです。好きになるのが……怖い」 絞り出すような紫音の言葉を聞き、笹本が手を伸ばす。包み込むように腕の中に紫音を閉じ込め、まだ乾ききらない髪にキスを落とした。 「まるで好きになることが悪いことみたいに言うんだね、紫音。 好きになることは何も悪くない。 俺は……紫音に好きだと言ってもらえたらとても嬉しいよ」 「好きだと言ったら………私だけの物になってくれますか」 笹本が黙る。 ……それが答えだ。 「紫音が本気で言ってくれるなら……いいよ」 思わず見上げた顔は優しい笑みを称えていた。

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