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望む六夜

笹本の紹介で山名の所に通うようになって三ヶ月が過ぎた。 議員時代の名残りからか、実に規則的な生活を送る山名はいつも落ち着き穏やかで、紫音も心穏やかに過ごしていた。 みなこ先生から教わった和食の多くを山名はとても気に入り、少食ながらも顔を綻ばせながら食べる山名を紫音も嬉しく思いながら食卓を共にしていた。 政界を引退した山名の元には毎日のように現役議員が訪ねてくる。 訪ねてきた人はみな山名と共に書斎に籠り長い時間出て来なかった。 騒がしくする訳にもいかず、そういう時は紫音は広い庭を眺め、やってくる野鳥を目で追って過ごした。 笹本とはあの日以来会っていない。 時折様子を心配するようなメッセージが届く。それを見る度に最後に抱かれた夜が思い出され身体を熱くした。 メッセージの終わりには必ず「愛しい紫音へ」と綴られている。 逢瀬を重ねていた頃のあの警戒心はどこへ消えたのやら、と口元を緩ませながらメッセージを見、そして堪らず会いたいと伝えてしまいそうで返事は返せずにいた。 この会いたいと思う気持ちが心からくるものなのか、初めて与えられた深い快楽からくるものなのか、紫音は判別できずにいた。 寝付けない夜ではなく、寝落ちするような心地良さに身体を預ける夜、笹本との最後の夜を度々夢のように思い出す。 身体中を撫でる優しい手、幾つも痕を遺した唇、何度も何度も囁かれる愛を伝える言葉、暴れるような荒い呼吸と刹那げな吐息。 身体を貫く熱い塊…… あれから誰にも触れさせていない。 笹本の手を声を薄れさせることはしたくなかった。 何より自分が笹本の、笹本との全てを覚えておきたかったーーー…

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